Ty Dolla $ign, dvsn『Cheers to the Best Memories』| メロウネスなR&Bレコードに刻まれる音と時間 / album review

December 12, 2021

ある日どこかでのパーティーの様子を収めたモノクロのスナップショット。そのいくつかの記録が、まるでスクラップブックの1ページのように、無規則に貼り重ねられている。 

これは、ロサンゼルス出身のラッパー・シンガーの Ty Dolla $ign と、ボーカルの Daniel Daley とプロデューサーの Nineteen85 からなるトロントベースのR&Bデュオ dvsn のコラボアルバム『Cheers to the Best Memories』のカバーアートである。現代のヒップホップ・R&Bの折衷において、その中心に間違いなく存在する男性ボーカル/プロデューサーの両者によるプロジェクトは、このカバーアートと、随所にみられるオールディーズへのレファレンス、そして「最高の思い出に乾杯」といったタイトルなど、多くの要素により、過去への憧憬を促すような、高揚と儚さに満ちたムードを感じさせる。

実際、この作品で提示されているのは全く新しいサウンドとか、鋭い多角的な視点とか、そういった類のものではないだろう。また、形式自体も、例えば Ty Dolla $ign としては前作にあたる『Featuring Ty Dolla $ign』のような、往年のヒップホップアルバムらしい散文性を引き継いでいると言えるし、そういう意味で今作もまたミックステープの形式に感触は近いと言える。

あるいは、こういう問題点を指摘してみてもいい。例えば、チャック・パラニュークの小説、もしくはデヴィッド・フィンチャーによる映画(この作品がトキシックマスキュリニティへのコメンタリーとして捉えられることも含め)を連想させるタイトルの7曲目 “Fight Club” は人間関係についての男性のあまりにも一方的な感情が主観的に描かれているし(但しこの曲は、自分を振った彼女に詰め寄るような Daniel のヴァースから一転、 <Girl, you’re right about it. We ain’t gotta fight about it.> などと Ty による次のヴァースで、男側が自らを省み、最後には、サンプリング元の Juvnile – “Slow Motion” における Soulja Slim の < One of my bitches feel in love with that outside dick. That outside dick keep them hoes sick like.> というラインが消えかけていく構成ではある)、続く8曲目 ”Rude(Ty Dolla $ign Interlude)” には、 <A lot of ass on her lip, body bad, you strip.> から連なるステレオタイプを歌う一連の歌詞がある。ここまで極端な表現だけではなくとも、32分というランタイムの中で頻繁に聞こえてくるのは、男目線のセックスやパートナーシップについてのことばかり….。

セクシーというよりは、それが極まると、どこか馬鹿っぽくも聞こえるし、あまりにあけすけで主観的な描写を、逆にリスナーは一歩引いた視点で聴いてみることもできるだろう。ただ、それでも気持ちを高揚させたまま、本作を聞き終えられるのは、そのコンパクトな尺であること以上に、彼らのボーカリゼーションが「言葉」というよりも「音」として耳に溶け込んでくるからだろうか。

確かに、それは一曲目 “Memories“ が象徴的ではある。Silk – ”Freak Me” のサンプリングネタから幕を開けるこの曲には、豪華なコーラスで <A room to make some memories in the bed.> とか堂々と歌い上げられる、少し笑ってしまう所もあるが(前述した馬鹿っぽさがここではチャームに機能する)、効果的に使われるトークボックスの機械的な高揚で、正に彼らの歌唱を気持ちのいい音として変換させてしまい、アルバムのサウンド世界へリスナーを誘うには十分な吸引力を湛えていると言える。

全編貫かれるドラムの緩急や、ラウ・アレハンドロが参加している6曲目 ”Somebody That You Don’t Know“ のソングライティングなど、音的な厚みとそれぞれのキャッチ―なメロディラインも否定しがたい強みだろう。あまりにもあけすけな歌詞に、時に呆れ、時に困惑する一方で、それらをも凌駕してしまう、彼らのサウンドの洗練を見せつけられる。

または、この作品が別の側面によって、恐らく作り手の意図以上にエモーショナルに映ってしまっている部分もあるだろう。アルバム全体は、曲間を途切れさせることなく音をつなぎつつ、立派なソングトラックである3、8、9曲目をインタールードと位置付ける。

例えば3つ目のインタールードであり、9曲目の “Better Yet(dvsn Interlude)” で Daniel Daley が <I got all the time in the world tonight> と歌いながらも、続くモダンなウェディングソング “Wedding Cake” で、甘いメロディラインの中、マーヴィン・ゲイ、メアリー・J・ブライジ、マックスウェル、ジョデシィなど、固有名詞をあげつらって過去のシンガーたちへのトリビュートを果たし、最終曲 “I Believe It” では、その「時間」を若くして奪われた、故マック・ミラーが、The Continental Ⅳの名曲 ”(You’re Living in a)Dream World” のサンプリングの中で、本作最後のヴァースを締める。

最終曲で「あなたは夢の世界で生きている」という名の歌を使い、マック・ミラーが <It’s why I’m not the type to stay no more.> と締めくくっているのも確かに偶然かもしれないが、今聞くと歌詞の文脈以上の意味性を感じてしまう。この一連の展開には、まるで特別な時間の瞬間的な高揚と過去から現在までのR&B史、そして人生の有限性を突き付けられているようだ。

さらに、我々がこのアルバムを聴いているのはCovid-19以降の時間であるという事実である。このアルバムで掲げられる密なシチュエーションは、すっかり手の届きにくいものになり、それは以前のようにそう簡単に戻ってくるものではないことを我々は知っている。カバーアートに描かれたような思い出は、遠い過去か、パラレルワールドでの出来事のようだ。しかし、このアルバムの時間軸は一方通行ではない。様々な記憶、というよりもその人にとっての特別な時間が、それぞれ独立した形で散りばめられている。このアルバムで描かれる「時間」は、単純な「以前の時間軸」でもなければ、一方向でもなく、並列に存在しているようにも聞こえるだろう。そう聞こえる要因の一つとして、アルバム全体の散文性が貢献している。

つまり、ここでいくつか語られる “Best Memories” は必ずしも過去のものだけではないということだ。ある人にとっては、人生の走馬灯のようにも聞こえるが、ある人にとっては、これから起こる出来事への祝福とも聞こえる。なにせ、ここには過去の音楽も、アーティストも、未来のスターも、そしてバラバラな時間達も、同列に存在しアンサンブルを奏でているのだ。すると、あの “Memories” の馬鹿っぽいコーラスの というフレーズも意味性を持って聞こえてくるだろう。まだあなたのスクラップブックには余白がある、とでも言うように。

Credit

Text : Tatsuki Ichikawa@tatsuki_99
Edit : Shinya Yamazaki(@snlut

1. “Memories”
2. “Don’t Say A Word”
3. “Can You Take It (Interlude)”
4. “Outside”
5. “Can’t Tell” feat. YG
6. “Somebody That You Don’t Know” feat. Rauw Alejandro
7. “Fight Club”
8. “Rude (Ty Dolla $ign Interlude)”
9. “Better Yet (dvsn Interlude)”
10. “Wedding Cake”
11. “I Believed It” feat. Mac Miller

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