ケンドリック・ラマー『Mr Morale & The Big Steppers』とエックハート・トールの教え

June 05, 2022

Kendrick Lamar(ケンドリック・ラマー)のニューアルバム『Mr. Morale & The Big Stepper』の骨格をなしたのは、Eckhart Tolle(エックハート・トール)の教えであることは間違いないだろう。自身が抱える痛みと問題に対処するべく、手を伸ばしたドイツのスピリチュアル・ティーチャーの言葉と考えは、アルバムの至るところに散りばめられている。

Kodak Black, Oklama
Eckhart Tolle
And this here is the big stepper – Worldwide Steppers “

エックハートの考えは既にアメリカ国内では多くの人に受け入れられている。彼の存在がアメリカで広く知られたのは、司会者 Oprah Winfley(オプラ・ウィンフリー)の影響が大きいようで(彼女の名前も作品中に2度登場する)彼女の講演会やスピーチでは、度々その言葉が引用されている。また彼の理論は、心理学・哲学・宗教学など様々な観点からも裏づけられており、一定の信頼を得ている理由も頷ける。(ニューヨーク・タイムズにて「アメリカで最も人気のある精神世界分野の著者」と評されるほど。)

『Mr. Morale & The Big Stepper』のリリックと、エックハートの代表的な著書『A New Earth』から、彼の理論からケンドリックが受けた影響、そして今作との関係性について考えてみよう。

 

フィアンセの勧め

ケンドリックがエックハートに出会ったのは、今作にも度々登場するフィアンセ、Whitney Alford(ホイットニー・アルフォード)からの勧めであったことがリリックには描かれている。ケンドリックによる浮気の告白に対して、冷静に向き合う彼女の言葉によって、彼はエックハートのセラピーに通うことを決心する。

” You really need some therapy
「あなたにはセラピーが必要みたい」
Real nigga need no therapy, fuck you talkin’ about?
「リアルな男にセラピーなんかいらねえ、なに言ってんだ?」
Nah, nah, you sound stupid as fuck
「ねえ バカみたいな言い草しないで」
Shit, everybody stupid
「クソ みんなアホみたいだ」
Yeah, well, you need to talk to somebody
「誰かに気持ちを打ち明けないと
Reach out to Eckhart
Eckhart を読んでみて」 – Father Time “

” Broke me down, she looked me in my eyes, “Is there an addiction?”
打ちのめされたよ
彼女は俺の目を見て言うんだ
(セックス)中毒って可能性はない?」
I said “No,” but this time I lied, I knew that I can’t fix it
俺は「No」と答えた
だけど今回は嘘をついたよ
俺には対処できないとわかっていた
Pure soul, even in her pain, know she cared for me
ピュア・ソウル
彼女は傷ついているのに、俺のことを本当に気にかけてくれる
Gave me a number, said she recommended some therapy
連絡先をくれて、セラピーを勧めてくれた – Mother I Sober “

ペイン・ボディ

エックハートは感情的な苦痛(トラウマ)の集積を「ペイン・ボディ」と呼んでおり、それを抱えた人間は、よりネガティブな思考、出来事を追い求め、引き寄せるという理論を展開している。

“ 人間には古い記憶を長々と引きづる傾向があるから、ほとんどの人はエネルギーの場に古い感情的な苦痛の集積を抱えている。私はこれを「ペインボディ」と呼んでいる。〜 ペインボディが補充する糧とは、それ自身と同種のエネルギー、いわば同じ周波数で振動しているエネルギーだ。感情的につらい体験は、何でもペインボディの糧になる。だからこそ、ペインボディはネガティブな思考や人間関係の波乱によって肥え太る。ペインボディは不幸依存症なのだ。- A New Earth by Eckhart Tolle “

ケンドリックはディスク2トラック7「Mr. Morale」にて、このペイン・ボディについて言及している。今曲で彼は R.Kelly(R.ケリー)や オプラ・ウィンフリー など、幼少期に虐待を受けた人物の名前を綴っており、彼らの行動が過去の経験によって左右されている可能性を示唆している。例えば、R.ケリーは重大な性的虐待の加害者として逮捕されているが、幼い頃に年上の男性から性的虐待を受けていたことでも知られている。(過去に受けたトラウマが形成したペイン・ボディが彼に影響を及ぼし、犯罪を助長したという考え)

“ I think about Robert Kelly
R.Kelly のことを考えてる
If he weren’t molested, I wonder if life’d fail him
もし彼が虐待されていなかったら
彼の人生は破綻していただろうか
I wonder if Oprah found closure
Oprahの気持ちの整理はついたのだろうか
The way that she postered the hurt that a woman carries
彼女は女性の抱える心の傷を描写していた

Using violence to cover what really happen
起きた事実を覆い隠すために暴力をふるう
I know somebody’s listenin’
誰かが聞いてるのはわかってるんだ
Past life regressions to know my conditions
自分のコンディションを知るために前世に回帰する
It’s based off experience
自分の状態というのは経験に基づくものだから – Mr.Morale “

さらに、このペイン・ボディは個人に依存し、完結するものではなく、家族、世代、人種、コミュニティなど、集団的な心理にも影響を与えているとエックハートは論じている。「Mother I Sober」に描かれる、アメリカの黒人コミュニティへの影響についての言及は、この理論のことだ。

” ペイン・ボディは非個人的な性格もあわせもっている。延々と続く部族間闘争や奴隷制、略奪、強姦、拷問、その他の暴力に彩られた人類の歴史を通じて、数えきれない人々が体験してきた痛みもそこには含まれている。この痛みがいまも人類の集団的心理のなかで生きていて、日々積み重ねられていることは、夜のテレビニュースを見れば、あるいは人間関係で繰り広げられるドラマに目をやれば一目瞭然だ。まだ明らかになってはいないが、集団的なペイン・ボディはたぶんすべての人間のDNAにコード化されているのだろう。- A New Earth by Eckhart Tolle ”

” I pray our children don’t inherit me and feelings I attract
子どもたちに祈る
俺の悪いところと欲望が遺伝しませんように
A conversation not bein’ addressed in Black families
黒人家族の中で言及されない会話
The devastation, hauntin’ generations and humanity
その惨状は、何世代にも渡って人類にまとわりつく
They raped our mothers, then they raped our sisters
彼らは俺たちの母たちをレイプし、姉妹たちをもレイプした
Then they made us watch, then made us rape each other
それを俺たちに見せつけて、お互いをレイプさせるよう仕向けたんだ
Psychotic torture between our lives we ain’t recovered
未だに癒えることのない、人間たちの精神的な拷問
Still livin’ as victims in the public eyes who pledge allegiance
未だに犠牲者として生きながらえているんだ
忠誠を誓った世間の中で – Mother I Sober “

犯罪や暴力、依存症に代表されるネガティブな行動は、こうしたペイン・ボディによる衝動によって起こされるとエックハートは語っている。だからこそ、ケンドリックは R.ケリー にも同情的な立場を取っているように見えるのだろう。また、数々の犯罪を犯してきたコダック・ブラックをアルバムに招き、「Like it when they pro-Black, but I’m more Kodak Black – お前たちはブラック支援者(模範的な黒人)が好きなんだろうが、俺はどちらかといえばコダック・ブラックだ」と「Savior」で言い放ったのも、この理論が影響しているはずだ。

そしてケンドリックも自身が抱えたトラウマ(精神的な苦痛)と、ペイン・ボディに影響された経験について今作では告白している。だが、何より重要なのは、そういった苦痛に対してケンドリックがどのように対処したか、だ。この避けることの難しいペイン・ボディへの向き合い方と、対処こそが、今作(特に「Mr. Morale」)のクライマックスに据えられている。

“ People get taken over by this pain-body
人は「ペイン・ボディ」によって支配されてしまう
Because this energy field that almost has a life of its own
今この大地にあるエネルギーは、それ自体に命を宿しているのだから
It needs to, periodically, feed on more unhappiness
巡り巡って、不幸を届けてしまうのです – Mr.Morale “

ケンドリックの変容

エックハートは「A New Earth」で、こうした避けようのないペイン・ボディと、そこから生まれる何らかの依存症や、強力なエゴ、ネガティブな衝動への対処法として「気づき」と「今に生きる」ことを挙げている。

“ いまの自分の内なる状態に自分で責任を取らなければ、苦痛を乗り越えることはできない。他を非難して当然の状況であっても、他を非難している限り、自分の思考によってペイン・ボディに糧を与えることになり、エゴの罠から逃れられない。この地上での悪行の犯人はたった一人しかない。人類の無意識だ。そこに気づくことこそが真のゆるしである。ゆるしによって被害者というアイデンティティは消え、真の力が生まれる。- A New Earth by Eckhart Tolle “

ここでいう「気づき」とは、自身のネガティブな衝動やエゴの暴走が、ペイン・ボディや、過去の経験に基づくものだと客観的に意識できることである。そうして、過去を振り切り、今に意識を集中させることが重要だと彼は語る。ケンドリックは今作の終盤にあたる、ディスク2トラック8「Mother I Sober」で、この意識の変革を「Transfromation – 変容」と形容し、何世代にも渡る、痛みとトラウマを解放することを宣言している。

“ So listen close before you start to pass judgement on how we move
だから、よく聞いてくれ
この先どう行動するかを決める前に
Learn how we cope, whenever his uncle had to walk him from school
対処する方法を学んでおくんだ
This is post-traumatic Black families and a sodomy, today is still active
これが今も変わらない黒人家族の抱えるトラウマと悪魔
So I set free myself from all the guilt that I thought I made
だから、罪悪感から自分を解放してあげるんだ

So I set free the power of Whitney, may she heal us all
だから、ホイットニーの力を解放するんだ
彼女が俺たちみんなを癒してくれますように
So I set free our children, may good karma keep them with God
だから、子どもたちを解放してあげるんだ
善良なカルマが子どもたちを神に導いてくれますように
So I set free the hearts filled with hatred, keep our bodies sacred
だから、憎しみに満ちた心を解放してあげるんだ
私たちの身体に神のご加護がありますように
As I set free all you abusers, this is transformation
だから、中毒者たちを解放してあげるんだ
これが”変容”というものだろう – Mother I Sober ”

ケンドリックはエックハートとのセラピー、ペイン・ボディ、気づき、意識の変革といった教えにより、自身が抱えた問題を理解し、その向き合い方と、対処の方法をアルバムを通じて語っている。そう考えると、怒りに満ちた「We Cry Together」も、トラウマを告白した「Mother I Sober」も、全て一連のセラピー・セッションに思えてくる。そしてアルバムは、他の問題(世の中に溢れる問題や、自分以外が抱える問題)に取り組む前に、自分を選ぶ宣言(自分に向き合うこと)によって締めくくられる。そして、そのブリッジ中には「みんなも同じように自由を探すと信じている」と、私たちへの”変容”の勧めも同時に聞こえるだろう。

“ When will you let me go?
いつ俺を自由にさせてくれる?
I trust you’ll find independence
みんなも同じように”自由”を探すと信じてるよ
If not, then all is forgiven
自由が見つからなくとも、全ては許されるんだ
Sorry I didn’t save the world, my friend
世界を救えなくてすまない、友よ
I was too busy buildin’ mine again
俺はまた自分のことで精一杯になってしまったんだよ
I choose me, I’m sorry
俺は自分を選んだ、ごめんな “

紹介したいくつかのリリックの他にも、エックハートの教えについて綴っている箇所は無数に存在していることから、彼の影響が今作において、いかに大きかったかがよくわかるだろう(おおよそ全ての曲に散りばめられている)。エックハートの著書『A New Earth』は日本語訳版も出版されているので、参考までに手に取ってみるのも良いだろう。また、『Mr. Morale & The Big Steppers』の全曲和訳はこちらからチェックできる。

Credit

Text : Shinya Yamazaki(@snlut

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