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ALBUM COVER

The Weeknd-『After Hours』
ドラッギーで美しく、破滅的なThe Weekndの世界

MARCH 23 2020

Written by 市川 タツキ

Edited by SUBLYRICS

カナダ・トロント東部のスカーバロー出身。1990年生まれ、正に「今の世代の」R&Bスター、The Weekndことエイベル・テスファイ。彼の約4年ぶりとなるニューアルバム『After Hours』が先日リリースされた。今回は、これまでの彼の集大成ともいえるこの作品、そしてその世界観を、様々な角度から掘り下げてみたいと思う。

The Weeknd(ザ・ウィーケンド)/ Able Tesfye(エイベル・テスファイ)
1990年2⽉⽣まれ、カナダ・トロント出身のシンガー。2010年にデモ音源  “ Loft Music ” , “ The Morning ” , “ What You Need ” の3曲をYouTubeにアップしキャリアをスタート。すでに4枚のスタジオ・アルバムをリリース、3度グラミー賞を受賞するなど、その人気を確立している。

プレイボーイの現実逃避

そもそも、The Weekndを最初に多くの人が認識したのは、2011年にネット上に挙げられたファースト・ミックステープ『House of Balloons』だろう。振り返れば、初期のミックステープ3作の1つ目として出されたこの作品が(後にこの3作は『trilogy』というCD作品として一つにまとめられている。)、その後現在に至るまでの彼のキャラクターや世界観を表していたのは明確だ。

収録されているタイトルトラックの “ House of Balloons ” で描かれるのは、家に連れ込んだ女の子をドラッグに誘い、ともにバッドトリップしている様子。女の子に責められつつ、ここにとどまらせようとひたすら彼女を誘い、ドラッグのバッドな領域に共におぼれていくようなこの作品は、彼の初期のころから現在に至るまで一貫している。セックスとドラッグ、そしてどうにも埋まらないような孤独についてのミックステープだ。

バッドトリップしていく中で、この曲の外にある日常生活に戻らせないような、閉塞感と危険な高揚感が同居する。彼の作品はダークな側面を埋めるかのように、色濃くセックスとドラッグに染まっていて、初期のころから不良なプレイボーイとしてのイメージを打ち出していた。

不良性という面で言うと、アメリカでは去年公開され、日本では今年の初めにNetflix配信になったアダム・サンドラー主演の『アンカット・ジェムス』(邦題は『アンカット・ダイヤモンド』)という作品がある。今作の監督ベニー&ジョシュ・サフディの前作『グッド・タイム』に惚れ込んだThe Weekndが今作に本人役で出演していたのは記憶に新しい。この作品の舞台は2012年のニューヨーク。当時、前述のミックステープ3作と『trilogy』のリリースで上がり調子のThe Weekndは自らのクラブイベントで、アダム・サンドラー演じる主人公の愛人を、トイレでセックスに誘い、その後主人公に見つかり殴り合いの騒ぎになる。まさに初期のThe Weekndのイメージらしいバッドボーイなシークエンスを自ら演じているのだ。

そのシークエンスの直前に自らのイベントで歌っている曲は同じくミックステープ『House of Balloons』から “ The Morning ” 。夜に遊び、朝に去っていくような女性たち(売春婦やストリッパー)について歌い、“ All that money the money is the motive ” “ Girl put in work girl girl put in work ”と繰り返されるコーラスをはじめ、決してジェントルではない、寧ろピンプ的な印象すら与えるこの曲からも、彼のプレイボーイ性がどういうものかを確認することができる。

ただ、基本的にはセックスとドラッグにおぼれながらも、その中でたまに、そんな自分を俯瞰し、むしろ悔いるかのような場面も垣間見せているのが彼の作品の特徴だ。特に近年の作品に近づくにつれて、ポップスター化していく自分を俯瞰してみる視点が増えていき、特にアルバムで言うと『Beauty Behind The Madness』以降は、女遊びよりも(そういった描写も相変わらず健在だが)特定の誰かへ愛を求めるような歌詞が多くなっている。時にはバラード的ともいうべき愛する人についての歌は、彼の中からずっと消えない孤独と隣り合わせになりながら歌われているように聞こえ、自分が堕ちていかないように必死にその人に縋りつくような姿が想像される。孤独を感じないために、ドラッグでトリップし、セックスをし、そして根底では愛を求めてきたということだ。

今回のアルバム『After Hours』はそんな彼の作品性やテーマを頭に入れて聞いてみると、彼の作品の内省的で、時にはバラード的ともなる語りが、より意識的に詰め込まれていると同時に、The Weekndが自らの問題と向き合いつつ、(内容的には前述した初期の『trilogy』や前作のEP『My Dear Melancholy』を引き継ぐかのような)さらに強いメランコリックなエモーションが刻まれていることがわかると思う。一曲目 “ Along Again ” から、自らの問題を意識しつつ、孤独になることを強く恐れる姿をはっきりと描写している。

“ Check my pulse for a second time
I took too much, I don’t wanna die
I didn’t know if I can be alone again
I don’t know if I can sleep alone again – ” Alone Again 

二曲目 “ Too Late ” では自分のこれまでのライフスタイルを悔やむ。もう自分を誰も救えないと嘆く姿からも前述したメランコリックな要素がわかると思う。

“ I let you down, I led you on
I never thought I’d be here without you
Don’t let me drown inside your arms
Bad thoughts inside my mind
It’s way too late to save our souls, babe yeah ” – Too Late

また、7曲目 “ Heartless ” における、トリップしている中で一筋の光が見える様子や、8曲目 “ Faith ” の “ Cause I lost my faith ” や “ When I’m coming down is the most I feel alone ” という歌詞からも、今までのドラッグやセックスが、そうした苦しみからの現実逃避だということを、これまでの作品の中でもかなりはっきり言及し、彼が根底では、孤独に苦しみ、そこから抜け出そうと現実逃避している様子が表れている。

同時に今作には、愛する人との関係を歌った曲も目立つ。壊れてしまいそうな、または壊れてしまった関係についての3曲目  “ Hardest To Love ” と4曲目 “ Scared To Live ” 、愛する人との過去の記憶をたどる “ Snowchild ” -。いづれの曲も、バラード的ともいえる歌詞の中でも、どうにも抜けられない孤独や自分の問題などのダークな側面が見えるような内容になっている。

生々しいほどに孤独を恐れるThe Weekndの様子は、彼の作品の根底にある、情けないほどの人間らしさも意識させる。ただのファンタジックなプレイボーイでありポップスターなだけではない、そういった人間的な弱さが、メランコリックに響き渡るのも彼の作品で、ある種の共感部分であり、魅力でもある。絶望の中に、所々で希望の光がちらつきながらも、恐れや弱さから、時には相も変わらず現実逃避に走ってしまう彼だが、今作を通して変化も見える。

例えば、タイトルトラックである13曲目 “ After Hours ” は、最も切実に自らを変えて、まともになろうとしているような歌に聞こえる。“ Heartless ” で「結婚など考えられない」といっていた彼が、“ After Hours ” ではコンドームを捨てる。堕落した生活をやめ、愛する人と一緒になりたいと切実に願う様子は、希望と絶望のトリップを経て出した結論としては感動的ともいえる。そういう意味で今作は、これまでの彼の作品のバッドなムードを詰め込みつつ、自らの問題に向き合った彼の中に生まれた希望を感じられるアルバムにもなっている。

 

閉じこもらない音楽性と引用の数々

The Weekndの音楽は、そのR&Bというジャンルやヒップホップを多く取り入れた音楽性ゆえに、ブラックミュージックの文脈で語られ、比較されることが多い。勿論それは間違っていることではないし、現に彼自身が影響元として、自身の音楽が評されるうえで最も比較される対象であるマイケル・ジャクソンの名前を挙げている(The Weekndのマイケルに対する愛は『D.D』というタイトルでマイケルの『Dirty Diana』をカヴァーしていたほどだ)

しかし彼のインスパイア元がブラックミュージック的な文脈だけではないことは特に近年の作品から(もっと言うと初期の作品からすでに)かなり明確に読み取れることであるだろう。今回の『After Hours』では、そんな彼のカルチャーに対する造詣の深さとジャンルの幅広さが、作品にこれ以上ない豊かさを与えている。

例えば、アルバムの4曲目 “ Scared To Live ” は、エルトン・ジョンの “ Your Song ”を元として作られている。時にはバラード的ともなるThe Weekndの作品だが、この曲は明確にエルトン・ジョンが歌っていたような愛についての歌、バラードを目指していたのだろうか(孤独に苦しむポップスターという意味でもThe Weekndとエルトンはどこか重なるところがある気がする)

さらにこの曲のサウンドプロデュースにはOPNことダニエル・ロパティンが名を連ねている。前述したサフディ兄弟の映画『アンカット・ジェムス』で劇伴を担当している彼は、その文脈で今回のThe Weekndのアルバムに参加していると思われるが、この曲のバラード調の歌の奥で彼の奏でる電子音楽的なサウンドは80年代のエレクトロサウンドの印象を与える。
それはThe Weekndのアルバムとしては前作にあたる『Starboy』のサウンドも連想させるのだが、全体を通して今作のアルバムで連想されるニュアンスは、『Starboy』ほどポップなものではなく、寧ろタンジェリンドリームが80年代に鳴らしていたような音を思い起こさせる。
ウィリアム・フリードキン監督の『恐怖の報酬』やマイケル・マン監督の『ザ・クラッカー 真夜中のアウトロー』のサウンドトラックも手掛け、70年代から80年代のエレクトロサウンドを代表するドイツの電子音楽グループであるタンジェリンドリームが今回のアルバムに与えた影響は、アルバムのほかの曲を聞いても明らかに大きいことがわかる(もちろん、同時に他にも今回のアルバム内で数曲のサウンドを手掛けているOPN自身も彼の手掛けた『アンカット・ジェムス』のサントラを聞く限り、彼らからの影響を受けているのは確かだ)
エルトン・ジョン、タンジェリンドリームが詰め込まれたこの曲だけでも、彼の一つのジャンルにとらわれない音楽性の豊かさがわかるだろう。

80‘sカルチャーのリバイバルが近年においてポップカルチャーのムーブメントとなっている中で、それこそタンジェリンドリームが代表する80’sエレクトロサウンドをリブートするような傾向も近年強くなっている(もっとも代表的なのはNetflix『ストレンジャーシングス』のカイル・ディクソンとマイケル・スタインによるサウンドトラックだろう)。その中で、今回の『After Hours』が決して単なる表面的な80’sカルチャーのリブートになっていないのは、その中にある文脈や彼の作品のテーマとの結びつきの強さによるものだ。

例えば今作でたびたびThe Weekndは自身が住んでいたLAの街を信じられなくなったと語り、まるでその町こそが自分を狂わせたといわんばかりにLAの街のダークさを演出していく。前述したタンジェリンドリーム的なエレクトロサウンドとダークなLAの景色の共鳴は前述したマイケル・マン監督『ザ・クラッカー 真夜中のアウトロー』を思い起こさせるし(この映画の舞台は実はシカゴだが、後半主人公たちが襲う銀行の舞台はロサンゼルスであり、その後LAの街はマイケル・マン監督の犯罪映画に欠かせない舞台となっている)、アルバムの中には1981年のジョン・カーペンター監督『ニューヨーク1997』の続編『エスケープ・フロム・LA』からそのままタイトルを引用した “ Escape from LA ” という曲もある。無類の映画好きでもあるThe Weekndらしい引用の仕方だ。

そもそも、今回の『After Hours』というタイトルを聞いて、1985年のマーティン・スコセッシ監督作『アフターアワーズ』を連想した人は多いのではないだろうか。就業後、カフェで偶然出会った女性の家に誘われたことをきっかけに、様々な不条理な出来事に見舞われるサラリーマンの一晩を描いたこの映画。悪魔の街LAから去って故郷のトロントに、或いはあるべき自分の姿に帰ろうとするこのアルバムにおけるThe Weekndの姿は、「家に帰りたいがどうしても帰れない」「まともな日常に戻りたいが戻れない」この映画の主人公のシチュエーションと重なる。

このような引用の数々が、このアルバムに隠されたテーマを補強するような役割を担っているのも彼の作品世界の面白さだといえる。

他にもフィリップ・K・ディックについての言及や、“ Heartless ” のミュージックビデオにおける、ハンター・S・トンプソン原作のドラッグ映画『ラスベガスをやっつけろ』からの影響など、言及しだすときりがない情報量がこのアルバムとその周辺には詰め込まれている。勿論全部が全部テーマに回収され、意味があるものととらえるのは深読みの部類だと思うが、これらの引用や音楽性の豊かさが、The Weekndが作り出すダークで美しい世界観を補強している要因なのは否めないだろう。

 

辿り着いた『After Hours』の世界

メランコリックでダークなプレイボーイとしてR&B界に現れ、『Kiss Land』→『Beauty Behind The Madness』→『Starboy』と確実にポップスターとしての道を歩んでいき(初期のころから組んでいたプロデューサーのイランジェロとヒットメイカーであるマックス・マーティンの参加による功績も大きい)、EP『My Dear Melancholy』で初期のダークなムードを再び強め、たどり着いた今回の『After Hours』。

近作のような「聞きやすさ」も兼ね備えながら、初期のドラッギーな高揚感も研ぎ澄まされている今作は、内容的にも、表現的にも、今までのThe Weekndのテーマが詰め込まれアップデートされた集大成的な作品であることは明確である。

前述した、音楽性や表現の豊かさの前には、マイケル・ジャクソンとの比較すら意味を失ってしまうのではないかとさえ思う。とてつもないほどの情報量が詰め込まれつつ、彼の自由な変化が見て取れ、まるで窮屈な印象を与えない。ダークで人間的、時には破滅的とさえ感じられるメランコリックなムードが、どこか美しく響き渡る『After Hours』。現代のクラシックとなるべき名盤だろう。

WRITER : 市川 タツキ
Instagram: @tatsuki_99

幼い頃から、映画をはじめとする映像作品に関心を深めながら、高校時代に、音楽全般にも興味を持ち始め、特にヒップホップ音楽全般を聞くようになる。現在都内の大学に通いつつ、映画全般、ヒップホップカルチャー全般やブラックミュージックを熱心に追い続けている。

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