Twitter : Ty Dolla $ign
November 02, 2020
音楽における「フィーチャリング」とは、そのメインアーティストを引き立てるためのアーティスト参加を主に意味する。つまり多くの場合が、その楽曲における「引き立て役」としての参加であるといってもいいかもしれない。一方で、メインのアーティストの曲に、フィーチャリングゲストとして参加することで、そのアーティストにフックアップされ、プロップスを上げるという場合も往々にしてある。このパワーバランスと相互的な引き立てこそが音楽における「フィーチャリング」の形式なのだ。
2020年10月23日、ロサンゼルス出身のシンガー・Ty Dolla $ignが発表した3枚目のスタジオアルバム『Featuring Ty Dolla $ign』が真っ先に話題になったのは、その自虐的でいかにも「ネタ的」なタイトルと、豪華な「フィーチャリング」ゲストの数々だ。今年だけでもビッグ・ショーン、ジェネイ・アイコ、サンダーキャットなど(いずれも今アルバムに参加)の新譜に参加しているほど、頻繁に様々なアーティストと仕事をする彼は、「Ty Dolla $ign が参加していれば間違いない」と言われるほど、すっかりフィーチャリング仕事に定評がある存在になっており、確実にここ数年で自身のプロップスを上げていることは多くの人の共通認識であるだろう。
Twitter : Ty Dolla $ign
そんな彼が今回のアルバムに元々つけられていた『Dream House』というタイトルから、『Featuring Ty Dolla $ign』というタイトルに変更したのは、先にも書いた通りなんとも自虐的なタイトルであるといえる。さらに、このアルバムは、クレジットに明記されているだけでも、アルバム中の全25トラック中16トラックもの曲に、ゲストが参加しているという、正にほとんどがゲスト参加の楽曲によって構成されているアルバムであるといえる。このように、リリース前から表面的な部分でキャッチーな要素が満載の作品でもあったのだ。
しかし同時に、他アーティストの参加曲が大半を占めるアルバムの構成は、正に1枚目のスタジオアルバム『Free TC』も同様であるとも言える。この作品は、ケンドリック・ラマ―、レイ・シュリマー、カニエ・ウェスト、ウィズ・カリファなど、豪華な面子が集まった全16曲(そのうち、ゲストによるフィーチャリング曲は14曲と、ほとんどの楽曲を占める)に及ぶ作品であるが、このアルバムのもう1つの重要な特徴は、そのシリアスなバックグラウンドとテーマ性にある。
この第1作目のスタジオアルバム『Free TC』のタイトルとテーマは、当時潔白の殺人容疑で収監されていたと言われている弟BIG TCにささげられたものである。弟の釈放を願うTyは、間接的に収録した彼の声を1曲目『LA』の最後で使用している。彼の故郷であるロサンゼルスの街への愛と、向き合わなければいけない現実を歌ったこの曲で始まる『Free TC』が、メッセージ性の強い作品であるがゆえに、ある程度シリアスでコンシャスネスな印象を彼に抱いた人は少なくなかったのではないかと思う。
そして今回の『Featuring Ty Dolla $ign』でも、弟のBIG TCが登場する。トラック12に収録されている「It’s Still Free TC」のTy Dolla $ignとTCのやり取りをはじめ、トラック1の「Intro」、トラック24の「Return」にもたびたび登場し、インタールード的な役割を担う。彼の主張や人生、愛に関する語りをそこかしこに散りばめていることで、『Free TC』は勿論、Ty Dolla $ignの楽曲創作のベースには常に弟と、彼がおかれている状況への想いがあったことがわかる。また、そういった意味で今作は、アルバムとしては『Free TC』の間接的な続編という一側面もあるのではないかとも思う。
例えば、「It’s Still Free TC」に続く、Roddy RicchとMustardが参加した楽曲「Real Life」は、警察組織による黒人への暴力を告発する内容にもなっている。このテーマはミックステープ作品「Campaign」に収録されているBIG TCとの楽曲「No Justice」も想起させるが、いずれにしても、こういったシリアスなテーマを扱うTy Dolla $ignが、ナイジェリアにおける警察による暴力行為に対するデモ活動についてもSNSなどを通じて反応(勿論彼も含めた多くのアーティストたちが)しているのを見ると、彼の中で一貫した主張、メッセージが、作品性に影響を与えていることは明確であるだろう。
“ Cops still killin’ ni***s in real life
Signed a deal for eight figures in real life
Threeway, model bitches, in real life
I done been around the world so many times
That’s real life – Real Life “
そういったシリアスな側面も含め、このアルバムに収録されている楽曲のテーマ、モチーフは様々である。例えば、特に前半は、成功した彼のライフスタイルが変化したことについてあちらこちらで歌われる。リッチな日常生活が語られ(『Status』『Spicy』)、彼の周りを取り巻くファンや女性たちについても語られる(『Temptation』『Freak』)。その中でも、特にニッキー・ミナージュとの楽曲「Expensive」は、彼女に大金を費やす男の話でありつつ、ニッキーのヴァースで彼にそれを期待する女性側の視点になるという、正統派な男女カップルの視点の反転による楽曲の構成であるといえるだろう。
リレイションシップの話をパートナー側から描写するという意味では、ビッグ・ショーンとの11曲目「Tyrone 2021」も引っかかる曲である。この曲は、リレイションシップの破綻を描くエリカ・バドゥの楽曲「Tyrone」をベースにしている。
エリカ・バドゥの「Tyrone」は、情けない男を追い出そうと、その男友達“タイロン”を呼んで、彼を追い出してもらおうとする女性の視点から描かれた、男側の情けなさ、不甲斐なさを描いた楽曲だが、今回の「Tyrone 2021」では、その彼女から追い出されそうになっている男側の視点と、彼にアドバイスをするタイロンの視点でリリックが綴られる。正にエリカ・バドゥの「Tyrone」の続編のように構成されたこの曲では、主人公たちのリレイションシップの破綻を、エリカ・バドゥの楽曲も併せて、より詳細に描写され、男側の感情が露骨に(より哀れさも湛えて)表出した内容にもなっている。
一方で、先行シングルの中でも、筆者の耳にひときわ印象に残るメロディを奏でたのは、ジェネイ・アイコとの15曲目『By Yourself』だ。Ty Dolla $ign自身も、すべての女性、シングルマザーへの賛歌であるとSNSで言っているこの曲がイントロ部分でサンプリングしたのは、ビリー・パイパーの『G.H.E.T.T.O.U.T』。
まさにこの曲の印象的なメロディラインが、「By Yourself」では使われているが、重要なのは、このビリー・パイパーの楽曲のソングライティングとプロデュースをRケリーが行っているという事実だろう。90年代から、優れたR&Bシンガーであると同時に、優れたソングライター、プロデューサーでもあった彼にまつわる、近年発覚したショッキングな事実、事件は、Amazonで配信されている『サバイビング・Rケリー』というドキュメンタリーシリーズでも描かれている通り、音楽業界を震撼させるものだったのは言うまでもない。
前述した『Free TC』にも参加していることも含めて、Ty Dolla $ign自身の過去の曲を聴いていると、Rケリーから彼が受けた音楽的な影響は否定できないだろう。決して彼のやったことを許容できる余地はないが、彼が手掛け、結果的に生み出された音楽自体を闇に葬ることなく、自身の曲に有効に組み込んでいること(そのうえ、この楽曲のテーマは女性への賛歌である)の意味は大きい。
勿論、こういったところからも、前提としてTy Dolla $ign自身が、R&Bの素養が大きいアーティストであることがわかるだろう。実際、今回のアルバムも、特に後半に行くにつれて、R&B色の強い楽曲が増えていく。そしてそのテーマもいかにもR&B的な、愛やセックスについてのものが多い。
その中でもハイライトと思われる展開は、21曲目「Everywhere」から23曲目「You Turn」に連なる流れだろう。そのちょうど間の楽曲、「Slow It Down」は、デヴィッド・ラフィンの「Slow Dance」をサンプリングした、セクシーでメロウなR&Bナンバーに仕上がっている。過去にはdvsnの「Keep Calm」でもサンプリングされていたことでおなじみの楽曲だが、そんなその曲を、さらに今回の「Slow It Down」で取り入れたことは音楽史をさかのぼるような試みにも見えた。
先にも書いた通り、このクライマックスの、ジャジーなR&Bの姿を取り戻そうとするような流れが圧巻なだけに、「Return」というタイトルのBIG TCの語りが入り、ラストを「Ego Death」で締めるというのは、急に梯子を外された気分にはなる。カニエ・ウェスト、FKA ツイッグス、スクリレックスが参加したこの曲は、クイーンラティファ「Dance For Me」、ラルフィ・ロザリオの「You Used To Hold Me feat.Xaviera Gold」、Ultra Nate「Free」を大胆にサンプリングした、ウィットとアイロニーに富んだパワフルでカオティックな楽曲だが、この曲の持つ切れ味が、結果的にはラストにアルバム全体を引き締める役割を担っているようにも感じる。
しかし、ここまで述べてきた多彩なアーティストたちの交わり、過去曲へのコンテクストで示されるのは、音楽シーンへの、そして音楽そのものへの敬意と愛なのは疑いようもない。
最初に記した通り、「フィーチャリング」とはメインアーティストを引き立てる作用を持っていると同時に、その参加アーティストのフックアップにもつながる効果を持っている。その中で今回のタイトルを『Featuring Ty Dolla $ign』としたのは、彼なりのとても謙虚な音楽シーン自体への姿勢と感謝の表れでもあるのだろう。
正直、ここまでアルバム作品としての堂々とした完成度を誇り、内容だけでもしっかりその姿勢を掴めるものになっているものを聴くと、ビッグになった彼の姿と、彼の周りの人々の集合、そして多彩な音楽性が詰まっていることを想起させる元のタイトル『Dream House』のままでもよかったのではないかと思わなくもないが、予想以上に作りこまれたアルバム作品の外側にあるちょっとした緩みとして、チャーミングさを湛えているとも思う。いずれにしても、アルバム作品としてのまとめ上げ方に、フィーチャリングアーティストどころか、プロデューサーとしての風格さえ感じさせる、彼の渾身の一枚であることは間違いないだろう。
Writer : 市川タツキ
Edited by : SUBLYRICS
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