Summer Walker『Still Over It 』| R&Bクイーンという無意味な肩書き / album review

January 30, 2022

パパラッチのその侵略的な光を塞ぐ彼女の手は決して彼らだけに向けられたものではない。

パパラッチが植え付ける大衆の欲望を操る情報は、あくまで憶測に過ぎない。何事も行動で示し、目に見えるものこそが本物である

インタビューでそう答えた Summer Walker は本作を通して、まさにそのメッセージを体現している。

本作は究極の告白作だ。それは Amy Winehouse が『Back To Black』で歌ったような、あるいは Beyonce が『Lemonade』で歌ったような、単なる内省に止まらない(主に恋愛)感情の混乱を描いたリアリティーショーのようなストーリーテリング。「Playing Games」から「Constant Bullshit」へと、口先だけのパートナーに疑問を抱く感情を前作から引きずったり、孤独の悲しみを歌った「Session32」の続編「Session33」では、パートナーの忠誠心を問う。そんな何層ものコンテクストを持った形で展開されているのである。

今作におけるストーリーテリングは別れや自信喪失、新たな自由といった感情のスペクトラムに跨がっている。紛れもなく透明な歌詞とともに告白された人間関係による痛みは、彼女の骨の髄まで追求され、彼女が得意とするスロージャムのプロダクションと極上のメロディーに包まれていても、なお聴くには大分と心が痛む。例えば、2019年に The Weeknd が当時のパートナー Bella Hadid と別れた時に彼のリスナーは「また良い曲ができる」と冗談半分に喜んだが、長年同じ思い出を分かち合った失恋相手 London on da Track 本人が制作したトラックに乗せて、元彼の思い出と共に悲痛な叫びを繰り広げる本作を聴いて、決して彼女に同じ事は言えないだろう。

彼女の心身に蔓延る痛みは、 2000年代R&B男性ボーカルグループProfyleの「Liar」を引用(dvsnのメンバーNineteen85がプロデュース)した「4th Baby Mama」で最も分かりやすい形で顕在化しており、「How could you make me spend my whole fucking pregnancy alone?」という歌詞は彼女の怒りと疲労の頂点を描いている。

「You Don’t Know Me」では「I’m honestly runnin’ out of patience/Communication just don’t seem to work」と家族を築きながらも、Londonから疎外されているという、大胆かつリアルで残酷な叫びが聴こえ、そのアコースティックの切なくも綺麗な旋律は、二人の愛の隙間を表現しているようにも聴こえる。
そういう意味で「Bitter – Narration By Cardi B」での過激なCardi Bのアドバイスや、「Ciara’s Prayer」でのCiaraの陳腐な祈りにも、彼女が耳を傾けるのは必然なのだ。同郷Lil Durkを迎えた「Toxic (with Lil Durk)」も(Lil Durkの婚約者もベイビーママだ)、盟友SZAとの「No Love (with SZA)」で快楽主義に逃避するのも彼女にとっては一種のリハビリであり、客演表記が全て「feat」ではなく「with」となっているのも、周りの人間と支え合いながら今作を作り上げた、その証拠と言えるだろう。

コラボレーターとの物語の紡ぎ合いは、個々のクリエイティビティの喪失という危険を孕んでしまうことは忘れてはいけない。だが、本作においてはそんな心配は一才無用だ。
The Neptunesがプロデュースを手掛けた「Dat Right Here (with Pharrell Williams & The Neptunes)」では、冒頭のCardi Bの「Make them bitches feel hurt.」という言葉に従順になりながら、彼女自身が自信を取り戻しつつ、器用にも新たなサウンドにも挑戦している。。Dreamvilleの紅一点Ari Lennoxとの「Unloyal (with Ari Lennox)」のボサノヴァ風のブルージーでどこか埃っぽい音像の上で魅せる2人の歌声と Aaliyah を彷彿とさせるサウンドは本作のハイライトだ。

また、マイアミとアトランタを結ぶベースジャムの「Ex For A Reason (with JT from City Girls)」は、エレガントさとストリートの空気感を併せ持つバブリーなサウンドが意外性抜群だ。相変わらず「元カノがビッチなのには理由がある」と男性の責任感に訴える彼女の一貫性と、今までにない滑らかなデリバリーとフックには、ニヤリとさせられる。

2020年代R&Bシーンに確かな足跡を残したSummerの「Over It – ウンザリ」シリーズ2作は名実ともに傑作であることは間違いのだが、特筆すべきなのは女王の立ち振る舞いとは思えない、限りなく普遍的で内容で共感を呼んだことだろう。失恋をして悲しみに朽ち果てたあげく快楽主義に逃げたり、逆に過度な自信を誇張したり、最終的には友人や家族に頼ると言ったような、その全てがリスナーにとって等身大であり自分ゴト化できるストーリーなのだ。皮肉にも Summer のストーリーテリングは本物の痛みを経験し、それを表現することで、最も力が発揮されるのかもしれない。

彼女の求めるものはデビュー作『Session 32』から何一つ変わっていない。パリで買い物をすることでも、海外旅行でもグッチを着飾ることでもない。ましてや「Tellin’ people that I’m your queen/But all you mean is just of R&B」と歌う彼女にとってR&Bクイーンの座すら不毛だ(だからこそ彼女はR&Bクイーンなれたともいえる)。大切な人からの愛、それも行動で示してくれる愛さえあればいいのである。

2020年末にBillboard主催で行われた Teyana Tayler、Kehlani、Summer Walker、Jhene Aiko ら4人による懇談で、新時代のR&Bシンガーを代表する彼女達4人が口を揃えて「R&B is the realest bitch」と言葉を交わしたが、思えば本作にはそんな「Realest Bitch」という言葉がぴったりかもしれない。そんなリアルな彼女がこの先、音楽制作やライブまでも”ウンザリ”してしまうことが心配でならないが、最後はCiaraの言葉を信じて彼女を見守りたい。

彼女が望むなら、彼女にはまだ多くの人生があるわ。愛も。音楽も。

Credit

Text : Takumi Hirakawa@_takumihirakawa
Edit : Shinya Yamazaki(@snlut

1. “Bitter” (Narration by Cardi B)
2. “Ex For A Reason” feat. JT from City Girls
3. “No Love” feat. SZA
4. “Throw It Away”
5. “Reciprocate”
6. “You Don’t Know Me”
7. “Circus”
8. “Insane”
9. “Constant B******t”
10. “Switch A N***a Out”
11. “Unloyal” feat. Ari Lennox
12. “Closure”
13. “Toxic” feat. Lil Durk
14. “Dat Right There” feat. Pharrell
15. “Screwin” feat. Omarion
16. “Broken Promises”
17. “Session 33”
18. “4th Baby Mama (Prelude)”
19. “4th Baby Mama”
20. “Ciara’s Prayer” (Narration by Ciara)

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