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Naeem -『Startisha』
新たな姿で提示する、コミュニティと音楽の可能性

August 16, 2020

カニエ・ウエストの2010年のアルバム『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』に参加したことも話題になり、今年の1月に来日公演も行ったUSインディーバンドのボン・イヴェールが昨年リリースしたアルバム『i,i』。このアルバムの7曲目に収録されている「Naeem」という曲がある。トランプ政権以降のアメリカ国内の分断についての社会的なメッセージも含まれるこの曲のタイトルは、同アルバム収録の楽曲「U」にもソングライターとして参加しているアーティストNaeem Juwanの名前からとられた。

Naeem JuwanはフィラデルフィアのヒップホップグループSpank Rockの代表的なメンバーで、MC Spank Rockとして知られる。ボルチモア出身の彼は、Naeem名義で本格的にソロ活動を始めた後、ボン・イヴェールを率いるジャスティン・ヴァ―ノン周辺と音楽的交流を持ち、そのつながりで、去年の『i,i』への参加も果たした。

そういった中で、彼の音楽性はSpank Rockのころから明らかな変化がみられる。そしてその変化は、ジャスティン・ヴァ―ノンのレーベル37d03dから今年リリースされた、ソロでのファーストフルアルバム『Startisha』で決定的なものとなっただろう。

MC Spank Rockから変わり、本名のNaeem(及びNaeem Juwan)の名義でリリースした今アルバムで彼が打ち出した音楽性は、Spank Rock期のものを引き継いだ部分もありつつ、彼個人の作家性がより前面に出たものであったと解釈する。ここで言う「引き継いだ部分」とは、Spank Rock期のクラブミュージック的なサウンドスタイルだろう。
彼らのサウンドは、正にNaeem自身の出身地であるボルチモア発祥のボルチモア・クラブのサウンドであるといえる。ラップミュージックと、小刻みなハウスミュージックを融合させたこの特殊な音楽ジャンルによって作り出される、ヒップホップジャンルにおいての彼ら特有のバイブスはNaeem自身のソロ活動にも引き継がれる。


しかし、一方で今回の新譜では、それこそジャスティン・ヴァ―ノンからの影響とも思われるアンビエント的なサウンドとヴォイスエフェクトで楽曲をより立体的に構築する。このようなSpank Rock期とは一味違うサウンドを早速打ち付ける、アルバム一曲目「You and I」で、あくまでMC Spank Rockの新譜として聴こうとするリスナーは意表を突かれることだろう。

明確にNaeem名義でのアーティスト性の変化に意識的である彼は、バイブス重視のラッパーであると同時に、メロディックで内省的なシンガーとしての側面も垣間見せる。まさに、スパンクロック期のボルチモア・クラブのサウンドを思わせる「Let Us Rave」や「Woo Woo Woo」がありつつ、内省的で繊細な響きを感じさせる「Right Here」などが同居するこのアルバムは、そういった彼の音楽性の領域がより広がっていることを証明しているといえるかもしれない。

さらに、歌詞の内容を見てみても、今回の楽曲群がより彼のパーソナルな作品になっていることがわかるだろう。
今回歌われた内容やテーマに関しては、今年5月にニューアルバム『grae』をリリースしたシンガーMoses SumneyとNaeemの、Interview Magazineに掲載されている対談記事がとても参考になる。

例えば、タイトルトラックにもなっている楽曲「Startisha」は、ボルチモアで暮らしていた時の、隣に住んでいた女の子の名前だという。誕生日会などの家で行われる行事に参加し、そこで、ボルチモアのクラブミュージックにのせて体を動かす。そんな自由に踊る彼女の姿をイメージしたというこの曲の歌詞は、故郷でのとてもパーソナルな記憶がベースとなっているといえる。まさにそういったボルチモアでの記憶が彼の音楽性に繋がっていることがわかるエピソードだろう。 

“ Startisha
You are far too young for you to move this way ” – Startisha by Naeem

さらに、彼はアルバム中の最後の曲「Tiger Song」についても説明する。マルコムXとキング牧師の名前に言及するこの曲の歌詞は、二極化されたコミュニティや考え方に対しての問題提起がなされている。
コミュニティが二極化されることによって、そのどちらにも属さない人間はどこに行けばよいのか。Naeemは自身が黒人社会に根付くマスキュリニティ的な男性像に当てはまらない人間だったからこそ、そういった人々に対するコミュニティの内省的なテーマを示す。

一方で、こういった彼のパーソナルな記憶や主張から派生していく今回の音楽は、同時に開かれたコミュニティの可能性も提示している。本人曰く、自由な黒人の少女である彼女をある種の象徴として、今回のアルバムのタイトルも前述の曲と同様の“Startisha”としたという。ボルチモアで目の当たりにした自由で解放的な光景の記憶は、Naeemにとっての理想郷的なイメージを象徴しており、その希望として、このアルバムを“Startisha”に代表させたのではないかと思われる。

世界で様々な分断や、世間の価値観、または社会の制度からこぼれ落ちてしまう、または縛られてしまう人が存在する中で、そういった者たちの居場所と解放的なつながりを、音楽によって提示しようとする。それはボルチモアでの、隣の家の自由に踊る少女の姿に象徴されるように、音楽によって築かれるコミュニティの力を信じているからでもあるだろう。とても内省的で繊細な歌声やイメージがある一方で、音楽の力を信じそれによってつながりを構築しようとする点は、正に分断された世界に対して開かれたコミュニティの可能性を音楽で提示しようとするボン・イヴェールの音楽性とも少なからずつながる点である。

Naeem自身の内省的なテーマを収め、踊れる音楽でありつつエモーショナルな今アルバムは、33分という短い尺の中で様々な光景を見せてくれる。サウンドも併せ、Spank Rock期は勿論、ほかのラップアルバムとも一味違う感覚を味わいたい人に、是非お勧めしたい一枚である。

Credit

Writer : 市川 タツキ

幼い頃から、映画をはじめとする映像作品に関心を深めながら、高校時代に、音楽全般にも興味を持ち始め、特にヒップホップ音楽全般を聞くようになる。現在都内の大学に通いつつ、映画全般、ヒップホップカルチャー全般やブラックミュージックを熱心に追い続けている。@tatsuki_99

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