kZm DISTORTION

ALBUM COVER

kZm -『DISTORTION』
多彩なジャンルの冒険を通して伝える「自分らしく生きること」

APRIL 25 2020

Written by 市川 タツキ

1月にAwich『孔雀』、2月にJNKMN『JNKMN NOW』、今年、ヒップホップクルー<YENTOWN>のメンバーたちは次々とアルバムを発表している。止まらない勢いを感じる同クルーに所属するラッパーkZm も4月22日に待望のセカンド・アルバム『DISTORTION』をリリースした。前述した2作品にも客演で参加している彼の、前作『DIMENSION』から約2年ぶりとなる今作だが、現在、Apple Musicのアルバムランキングでは、簡単にチャートトップの座を譲らなかったKing GnuやOfficial髭男dismを追い越して一位に輝くなど、早くも会心のヒットアルバムとなったことは間違いないだろう。

今作のどこがそこまでキャッチーだったのだろうか。最も大きい要因を一つ上げるとするのならば、「音楽性の違うアーティストを同居させ、アルバム全体でオリジナルな世界観を構築しているところ」にあるだろう。アルバムリリースの3日前のYouTubeライブでの先行視聴にて発表された楽曲群と豪華な参加アーティストの面々。前作にあたるファースト・アルバムにも参加していたBIMや5lackを始め、LEX、小袋成彬、Money Horse、Daichi Yamamoto、RADWIMPSの野田洋次郎、Tohji。音楽性もそれぞれな彼らが、抑えることなく「らしさ」を全開にした楽曲群よって、多様なジャンルをつなぎ、アルバム自体が様々な展開を見せていく構成となっている。

まず、軽くユーモラスなイントロで幕を開ける今作。このイントロで語られる「次元」は一見何のことかわからないが、前作のタイトルが『DIMENSION』(=次元)であったことを考えると、このイントロの意味も解釈できるのではないかと思う。次元を作り出すことに成功したkZmは、その次元の中に閉じ込められてしまった。「その次元から抜け出せるのか」というこのイントロの語りは、枠(次元)に収まっていた前作から抜け出し、様々なジャンルを横断して見せようとする、ある種このアルバムの音楽性の宣言をしているようにすら聞こえる。

そこから続くのは、JPEGMAFIAやDenzel Curryなどの楽曲のプロデュースを手掛けるKenny Beatsがプロデュースした“ GYAKUSOU ”や、ミクスチャーロック的なサウンドが展開される“ 27CLUB ”、“ JOZAI ”をはじめとする前半のハードな楽曲群。歌詞の節々に見られるアッパーでドラッギーな表現が特徴的である。

しかしそこから雰囲気を打って変えるのが、小袋成彬が参加している、しっとりとしたR&B調の“ Anybody.. ”。ある種のノスタルジックなエモーションすら感じさせるこの曲によって、アルバムがウェットな側面をちらつかせ始める。

今回のアルバムにおける、イントロから始まり中盤にSkitが一つ入る構成は、前作のファーストアルバムとほぼ同じ構成だといってもいいだろう。今作の“ Anybody.. ”に続くSkitは内容としても前作『DIMENSION』のSkitの続きのようにも聞こえる。このSkitの部分でkZmは今作が前作と地続きの世界観になっていることを示しているのではないか。

Skitを終えると、そこから再び彼らはハードなサウンドとフロウを魅せるMonyHorseが参加した“ バグり ”、“ G.O.A.T ”の2曲へ。その後、Daichi Yamamotoが参加している“ Give Me Your Something ”へと繋がっていく。ハウスミュージック的なサウンドに乗せクラブ遊びが描かれるこの曲は、Daichi Yamamotoが去年、中村佳穂とコラボした楽曲“ Crystal ”を思い出すが、今作におけるクラブの描かれ方は、歌詞中に『マトリックス』や『AKIRA』などSF映画のモチーフが散見されるように、深夜にクラブで踊り狂う時間をまるで異世界にいるかのようなムードが包み込んでいて、より現実離れした「特別な時間・空間」としての感覚を強調している。

さらに、この曲にもあるように、アルバム全体を通して、歌詞の中に「渋谷」という場所が多々登場することも特徴だとここで指摘しておきたい。自身の出身地である渋谷の街に対するkZmの今アルバムでの表現は愛憎入り乱れている。それを象徴するかのような曲が、そのあとに続く“ Fuck U Tokio I Love U! ”と“ 追憶 ”だ。

前者は5lackが、後者は野田洋次郎が参加した楽曲だが、この2曲で描かれているのは、変わりゆく街や周囲の中で、自分自身はありのままで変わらずに生きていくという様だ。前者ではそんな変わりゆく渋谷や東京の街について嘆き、後者では内省的な表現を強調する。両曲ともそれぞれのアーティストらしい曲に仕上がっているが、特に後者のHOOKにおける、内向きな言葉を紡いでいき希望につなげる歌詞はまさに野田洋次郎らしい表現だと言えるだろう。

続く“ Half Me Half You ”、” Yuki Nakajo ”、“ 鏡花水月 ”でさらにセンチメンタルで儚い詩情を高めていく。因みに“ Yuki Nakajo ”は、アーティストでkZmの高校の同級生でもあるYuki Nakajoの2019年初めに行われたソロエキシビジョンにてVAVAとともに書き下ろした楽曲である。ファンにとっては待望のアルバム入りだったこの曲も、エモーショナルな側面がより立ち現れていく終盤の展開に見事に組み込まれていく。

ラストの2曲、BIMが参加する“ But She Cries Remix ”からTohjiが参加する” Teenage Vibe ”の流れは、寂しげに聞こえつつどこか希望が垣間見える様子から、ポジティブなバイブスが爆発するクライマックスとなっている。特に、今作でサウンド的にもトップレベルでキャッチ―な楽曲だと思われる“ Teenage Vibe ”が最後を飾る意味は大きい。

イギリスのロックバンド、ブロックパーティーの” Helicopter ”のベース音をサンプリングしたこの曲は、Tohjiの独特でパワフルなフロウや、それぞれのバースのリリックによって、爽快なユースの心情を綴るアンセムとなっている。“ Yuki Nakajo ”のForever 18という歌詞や、“ But She Cries Remix ”の涙の肯定、そして“ Teenage Vibe ”から感じ取れる終わらなそうな青春の感覚は、青春自体の終わらなさというよりは「このままの自分でずっとありたい」という、アルバム全体を通したテーマの一つである自分らしくありのままで生きていくことの肯定にも聞こえる。

このアルバムの展開を通してみると、多様なジャンルの楽曲群を並べているものの、kZmが一貫した世界観とテーマを構成することに成功していることがわかると思う。このような多彩なジャンルとアーティスト陣を一つのアルバム作品としてまとめ上げてしまう手腕は、kZmのプロデュース能力の高さも証明しているだろう。

加えて、今回のアルバムで11曲もの楽曲をプロデュースしている、同じく<YENTOWN>のメンバーであるChaki Zuluも、今作の裏の主役といってもいいほど、多彩なサウンドでその仕事ぶりの確かさを改めて証明したのではないかと思う。彼の作るトラックの多様さがこのアルバムに、より豊かな刺激を与えているのは明確だ。

最後に、今作がドロップされる約3週間前、先行シングル“ 鏡花水月 ”のリリースに際し、kZmが発表したコメントを紹介したい。以下はその際のコメントの抜粋である。

“ 正直この混沌とした状況にイラついたり、鬱屈してるのは僕もみんなも一緒で先の全く見えない日々に悩まされてると思います。
でもこんな状況だからこそ僕達表現者は止まってはいけないのかなと思いました。できることは限られるけど引き継ぎやりたいことをやらせていただきます。
こんな時、不満が溜まった世の中だからこそ今は特に愛が大事なんじゃないかと思う。今回のセカンドにそんなような曲が一曲あって、YouTubeで公開してフリーダウンロードもできるようにしたので先にみんなに聞いてもらいたいなと思います。もう一度言うと僕は引き続き、愛を念頭に置いてやりたいことをやっています。”

このコメントを読めば、YouTubeライブという形で実現した先行視聴は世界的なコロナ・ウイルスの拡大によってストレスが溜まった世の中と、ファンに対し、kZm自身がアーティストとしてできる愛に満ちた表現方法だったと読み取れる。

不安と不満が募る状況の中で「愛を念頭に置いてやっている」というkZmの姿勢や、このタイミングでリリースすることの意味は、今回のアルバムを通して聞くと、より明確に感じ取れるのではないかと思う。
「自分らしく生きる」というkZmから受け取れるメッセージは、鬱屈とし、不安な生活を送っている現在の自分たちに限らず、どの時代に生きていても普遍的に刺さるメッセージである。しかしその普遍的なことこそがこの状況下で我々が忘れていけないことであり、それを伝える音楽はSTAY HOMEする中でも人々を存分に楽しませることができる。そんなkZmの音楽への信頼性と優しさが詰まった今アルバム。「この音楽さえあればSTAY HOMEを乗り切れるかも。」そう思わせてくれる1枚だった。

WRITER : 市川 タツキ
Instagram: @tatsuki_99

幼い頃から、映画をはじめとする映像作品に関心を深めながら、高校時代に、音楽全般にも興味を持ち始め、特にヒップホップ音楽全般を聞くようになる。現在都内の大学に通いつつ、映画全般、ヒップホップカルチャー全般やブラックミュージックを熱心に追い続けている。

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