September 06, 2020
デトロイト出身のラッパー Big Sean(ビッグ・ショーン)が3年ぶり、*6枚目のスタジオ・アルバム『Detroit 2』をリリースした。(*『Double or Nothing』含む)ちょうど一年ほど前に公開された、「Overtime」「Single Again」「Bezerk」のシングル群は本作に収録されることはなく、同時にアナウンスしたアルバム『Don Life』は形を変え、Lil Wayne を迎えたトラック18として『Detroit 2』に収録されることとなった。パンデミックによってリリースが遅れたことも考えられるが、アルバムのタイトルを変更したのだから、この1年の間に彼の心境に何かしらの変化があったことが予想されるだろう。
アルバムを一聴して気づいたのは、彼のマインドが間違いなく迷いのないクリアな状態であること。音楽、ラップへの向き合い方、身近な人や同業者、ソーシャルメディアとの付き合い方、デトロイトという街への愛情。この作品で扱われるテーマそれぞれに対して、迷いやネガティブな意識感は汲み取れない。
オープニングトラック「Why Would I Stop?」はショーン自身に向けられた2020年版「Nothing Is Stopping You」(2012年にリリースした『Hall of Fame』のオープニングトラック)であり、そのタイトル・テーマ通り、止まることのない勢いに包まれながら作品は進んでいく。だが、この作品はただパワフルなだけではない。今年始めに紹介したインタビューで彼は「朝起きるたびに人生が終わった気分だった」という時期があったことを告白していたが、今作はその時期に抱えた葛藤に対しての回答にもなっている。そしてアルバムのタイトル通り、彼の育った街デトロイトも重要なテーマだ。
“ 自分自身を見つめ直す時間を作ってきた。というのも、俺は問題を抱えていたから。自分の内側が壊れてしまったんだ。いっぱいいっぱいになって、疲弊しきってた。そして燃え尽きてしまったんだよ。周りの人間も対処の方法が分からなくてね。だから、俺は自分一人で過ごす時間を増やして、自分とより良いコミュニケーションを取ろうとしてきた。セラピーにも通い始めたんだ。そういう行いが俺を救ってくれた。だってマインドや脳、そして感情は人間にとって大事な物だから。肉体と同じくらいね。自分のことを大事にして、筋肉じゃなく、思考や感情を強くしようと試みてきたんだ。
そうしていると、ある時期に「もう一度やり直そう」と思えるようになった。自分を理解し、新たな土台を築き、より強く、最高の状態を取り戻したんだ。効率的に、そして幸福感を感じながら。アルバムの制作中、俺は音楽へのパッションを取り戻した。それを少し見失っていたような気がしていてね。音楽を作る上でのインスパイアがなかったんだ。何も思いつかない状態が続いていた。でも、突然インスピレーションが俺の元へ戻ってきたんだ。その時、昔、自分がミックステープをレコーディングしていた頃の感覚を思い出した。それに、デトロイトの家にも長い時間滞在していたこともあってね。
ずっと『Detroit』の続編を作りたいと思っていた。俺にとってあのミックステープはアルバムのようなものだったから。俺はこの作品の制作中、自分にとって不可欠なものを取り戻すことができた。だからこの作品のタイトルは『Detroit 2』なんだ。- Apple Music ”
デビューから約10年の時を経て、再びスタート地点に立ったショーン。今回はVulture、そしてApple Music によるインタビューを参考にしながら、制作の経緯、この作品のテーマにも密接に関わる彼の生活について、作品に込めた想いを紹介していこうと思う。
ー今回のリリースまでアルバムだと3年前、シングルでも1年前が最新だったね。
Big Sean:正直、出来上がった作品自体に満足していた。でも、どういうわけか時間が経つのが早く感じてね。だからアルバムのリリースには思ってたより時間が掛かったな。でもこれは俺のスケジュール通りだったし、楽曲の製作が楽しいって再確認できた。この期間が長すぎたのか、アルバムが結果的にどう評価されるのかは分からない。今までの楽曲より良い出来なのかも分からないけど、俺が満足してるってのは自信を持って言えるよ。
ー今年の初めにはCoachellaのフェスティバルへの出演を発表してたね。それでアルバムの仕上げに取り掛かってたと思うけど、トレーラーをリリースしてすぐにパンデミックが広がった。業界が落ち着くまでリリースを遅らせていた?
B:いや、意図的に遅らそうとしたわけじゃないんだ。パンデミックで俺の生活が変化して、皆の生活も変化した。その状況で曲をもう一度聴いたときに、今感じてる想いを語らないとダメだと思ってアルバムを再調整した。このパンデミックが最終的にどう収束するかは分からないけどね。
ーパンデミックのせいで時間が経つのが速く感じるよ。夏はもう終わりなのに、やっと始まったって感じ。
B:俺もここ数年同じ気持ちだったよ。物事が俺の理解よりも速く進む。でもその状況を受け入れて、いつも無理にキャッチアップしなくてもいいって学んだ。俺は今まで幸せになろうと頑張ってたんだよ。でも毎日瞑想するようになって、俺自身と向き合う時間を作れた。スマホを充電してる感覚だね。100%まで充電が終わって目を覚ます感覚。だから自分の時間を取ることは大切だったと思うよ。「Call of Duty」をプレイしてた時間もね。長くで1時間半くらいしかやらなかったけど、スタジオに12~14時間こもってる時には良い息抜きになったよ。君たちはそんなことないかもしれないけど、だんだん物事がゴチャゴチャに混ざってくるように感じることがあるんだ。
ー無理にクリエイティブでいようとすると、不安な気持ちが生まれるからね。
B:そうなんだよ。その感情が知らない間に俺をおかしくしてたんだ。目が覚めるといつも不安で、体が重く感じてた。一度不安に襲われると、どんどん気分が落ち込んでく。これでどうやって皆を惹きつける曲が作れるんだ?周波数が92.3のラジオを聴きたいのに、105にチューニングされてる感じ。これには逆らえないんだ。
ーラップ業界はの流れは速いよね。若いアーティストは1年に1,2回リリースするサイクルで活動してる。このブランクで心配にはならなかった?
B:『Dark Sky Paradise』を製作してた時はそんな感じだった。時間は無かったけど、焦ってもダメだった。自分で決めたスケジュールだったのにそれに縛られていたんだ。俺はもう若手じゃない。あいつらとは少し違う角度から物事を見ないとって思ってた。それでもこの業界のスピードにキャッチアップしようと必死だった。前のアルバムをリリースした時は、俺自身が人生を楽しんでないような気がしてね。暗いサウンドでもないのに。そんな時に支えてくれた家族には本当に感謝してるよ。でも「感謝」と「幸せ」は違う。俺は神を信じてるから、何も手にいれていない時でも、いつも感謝の心は忘れないでいる。でも、楽しんではいなかったんだ。だから「なぜこんな気持ちなのか」「どうして不安を感じるのか」をちゃんと理解する必要があった。だからセラピーにも通ったよ。
ーストレスを減らためにソーシャルメディアから距離を置いたりする?
B:SNSは頻繁には使ってない。定期的に覗きに行くと、俺も人間だから夢中になっちゃうんだ。「これの次はこれ、その次はこれ」ってね。だから必要な情報を検索するときにしか使わないな。生産性がないから。SNSが収入源の人もいるし、それを否定したいわけではないよ。でも俺にとっては必要ないね。
ーやっぱりあなたも普通の人とは違うね。俺が話してきたほとんどのアーティストも、ファンは期待してるのに皆あんまりSNSをしないんだ。
B:その期待がどんな期待なのか俺には分からない。でも自分への反応を期待しちゃう気持ちなら分かるよ。でも昔ほどは気にならないかな。昔は皆の批判で本当に落ち込んだりもしたんだ。どうやって頑張ってる他人を勝手に判断できるんだ?って思ってたり。
ー他人の批判で落ち込んだこともあったんだ。あなたはファンとうまく交流してて、だからこそ楽曲が毎年少しずつ良くなってると思ってるよ。SNSの反応があなたを後押ししたことはある?
B:昔はあったかな。でも、絶対に心を動かされない人だったり他のことを求めてくるような人もいる。あいつらは俺じゃないし、俺はあいつらじゃない。批判について毎日考えてるわけではないし、何かを証明しようとも思わない。俺がしたいことはもっと皆が必要としてるものを提供することなんだ。だから最近は楽曲をもっと製作しようと音楽と向き合ってる。
このアルバムの製作には、色々なインスピレーションが必要だった。だから少し時間を置いて、色んな経験を積んだんだ。初めてミックステープを作った時から俺の目標は「皆にインスピレーションを与えること」。俺は明るいサウンドの曲が多いけど、その中にはある種のリアルを込めてるんだ。
ーデトロイトをもう一度コンセプトにしたきっかけを教えてくれる?ミックステープ以来作ってなかったと思うけど。
B:これはずっと俺のやりたかったことなんだ。『Detroit 2』を製作しているときは俺のルーツに帰ってきた感覚で、そのルーツは前よりも、もっと深くなったと思う。俺のパッションだったり野望を再確認できた。この音楽を聴いてるとミックステープの時代を思い出すよ。タイトルを『Detroit 2』に決める前から、俺は『Detroit』を作った時の感情を思い出そうとしてた。そうすれば何にも縛られてないように感じられるから。デトロイトの街はリスペクトしてるし俺の誇りだ。
街全体を一丸にしたかったんだ。それで、その街に昔の俺を思い出させるような曲がある。俺は昔「Friday Night Cypher.」っていうラジオ番組をやってた。町全体が一丸となるような、まさにデトロイトのスタイルで。Eminemは「8 Mile」でデトロイトを世界に知らしめてくれた。今度はこのアルバムが街を一丸にするんだ。ラップに偏見があったり、ビーフがどうとかいう人も全員ね。
でもこのアルバムは出身地に関係なく共感できると思う。デトロイトには行ったことない人が多いと思うけど、楽しいところだよ。高級感もないし、ハリウッドでもないけど、俺たちはここで生まれた。見下されたこともあったけど、デトロイトの人はいつ会ってもイケてるよ。俺たちはケンカだったり飢えを実際に目にしてきてる。これが俺たちのキャラクターに影響してるんだと思うし、だから俺はデトロイトが好きなんだ。
ーあなたは作品中でデトロイトという街のメンタリティについて語っていたよね。制作を通じて、それが明確になった?
B:デトロイトの歴史を鑑みれば、音楽に関しても、歴史的な観点でも、この街のルーツは本当に深いんだ。でもデトロイトは俺たちに何も与えてくれなかった。俺たちは過去最悪の環境で育ってきたんだ。アメリカで唯一破産した街だからね。アメリカで最も暗い街だ。だからこそ俺たちには多くの機会が与えられてこなかった。でもたとえ何が起きても、俺たちは生計を立て、生き残らなきゃいけないことを理解してた。それこそがこの街のメンタリティだよ。努力を惜しまないんだ。
ー今までの多くの作品を産み出すためにものすごいハードワークをしてきたと思う。でも一方でハードに働きすぎて、人生を楽しむことができなくなったとも話していたね。「Harder Than My Demons」では、「Working Hard」ではなく、リリックには「Working Smarter」へと変化して状況が良くなったとあったけど、あなたの現時点のキャリアにおいて「Working Smarter」とはどんなもの?
B:「Working Smarter」という言葉には色々な意味があるよ。まずは「どう感じるか」を軸にして働くということ。夜通しスタジオに篭って、働き続けて「やらないと」という焦りに追われたり、「仕事」という感覚でやるよりも、バスケをしたり、映画を見たり、チルする時間を取ってから、スタジオに入る方が上手くいくと学んだ。16時間かけていた作品が、30分で完成したりね。だから、自分の感情がどんな状態か、それに注意深くあることが大事なんだ。俺たちは多くの機会を与えてもらえない環境にいたから、「一つできたら次だ」「アツい気持ちでい続けないと」とか「努力し続けないと」「ダラけちゃいけない」と思ってしまう。そういう考えはアイデアや、感情を押し殺してしまうこともある。だからこそ、今は楽しくやれてるよ。
ーあなたはあまりインタビューに出るタイプではないし、全てを公にしたくはないかもしれないけど、あなたは抱えきれない不安や憂鬱な気持ち、動揺を乗り越えてきた。だからこそ、それらへの対処法を本当の意味で知っていると思う。どのタイミングで、自分自身のために時間を作ることが必要だと判断することができたの?
B:そうするしかない状況になっていた。もう壊れているのに、スタジオで仕事をこなそうと必死になってた。気分を上げようとしても、どうしても上手くいかなくてね。俺は11歳の頃からラップをしてる。プロとしては10年以上になる。ハンバーガー屋の店員、弁護士、音楽家、ジャーナリスト…どんなことでも、一つのことを10年以上続けると、情熱を失ってしまう可能性が大いにある。俺はそれを再び見つける必要があった。もう終わりだとも思ったことがある。もう音楽をやるべきじゃないと思った。でもそこで一度自分を見つめ直して、物事への考え方を変えようと思った。音楽へのアプローチを変えようとね。そうしたら野心が戻ってきたんだ。曲に対しての野心が芽生えた。Nipとの曲も、Wayneとの曲も、俺はとにかくハングリーだったでしょ。俺には証明すべきことが沢山あったんだ。そして、自分自身を高めることこそが、世界に音楽を広めることに繋がると思う。だって俺の目的は人にインスピレーションを与えることだから。俺が音楽を通じてできることは、そこなんだ。
ー今『Detroit 2』がリリースされることは嬉しいことだよ。パンデミックにも関係してくるような孤独や悲しみについても触れてるから。
B:そうだね。こういうトピックについてはエナジーを使いたくないから、あえて取り上げようとはしていないね。それよりも俺はみんなの気分が上がるような作品を作りたいんだ。そこが違う部分かな。それが俺の音楽にたくさんの影響を与えてきた。このアルバムのリリース後は、今作と同じようなことはしばらくやらないと思う。でも、俺は音楽を続けるインスピレーションを取り戻した。もう3年も音楽から離れたりしない。
Writer : Shinya Yamazaki
Translator : Mizuki Yoshida
Edited by : SUBLYRICS
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