June 13, 2021
東京を拠点に活動するラッパー Tim Pepperoni(ティム・ペパロニ)。所属クルー Sound’s Deli の作品に比べ、彼のデビュー作となるプロジェクト『LSD VS ADHD』はより複雑で感情的な様相を潜ませている。
6月9日にリリースされたEPは KOHH、LEX、JP THE WAVY らにもビートを提供するビートメイカー Pulp K が4曲をプロデュース。LUNV LOYAL、クルーメイトの Moon Jam、Kaleido らが参加。5曲・14分というコンパクトな作りだが、結果的に彼は自身の衝迫と感情の機微を表現することに成功していると言えるだろう。
Pulp K によるヘヴィーな808と弾むようなシンセサイザーの軽快な音色が鳴り響く先行シングル「THE SIMULATION 2021」を一聴した時、楽観的な印象を受けたのは自分だけではないだろう。「俺の人生はきっと変わる」と自信に満ち溢れた言葉を乗せ、MVでは森の中を笑顔のままに走り抜け、仲間と共に道路を駆けていく。
“ Make it big dream with ma friends
もうなくなってく限界
“Lame life” I don’t like
売れない? ありないgang ”
ただ、この作品を「より複雑で感情的である」と言ったのには理由がある。「THE SIMULATION 2021」のMVを例に取ってみよう。MVは弾むようなビートに合わせたポジティブな描写が終盤まで続くが、彼はラストシーンが訪れると、それまでの笑顔や剣幕が嘘だったかのように苦しみ、身悶える。こういった彼自身の躁鬱的な感情の動きそのものが時にMVに、時にリリックに、この作品の色々な箇所に潜んでいるのだ。開放的なサウンドに乗せて、今の自分自身をどんな風に表現しようとしたのか。SUBLYRICSによるインタビューでTim自身が語ってくれた。
ー Tim 久しぶり。EPを作り終えて、一旦制作も落ち着いた頃かと思うけど最近は何してる?まだライブやイベントもできない状態かと思うけど。
Tim Pepperoni : 最近もずっと曲作ってますね。色々な出会いがあって、絶え間なく色々なビートメイカーとかラッパーと曲作ってて。クリスタルサウンドっていうスタジオでお世話になってるんだけど、そこにいるニューカマーたちとやったり。それこそ Pulp K みたいな海外を視野に入れてるビートメイカーたちがいて。
ー もうじゃあずっと制作だ。Pulp K さんは今作もプロデュースしてるんだよね?
Tim : 今回は Pulp K と音楽友達のギタリストとか。あとは謎のプロデューサーがやってくれたり。
??? : 誰だろうね笑
ー 笑。前に Sound’s Deli にインタビューさせてもらったのが、ちょうど1年くらい前だったかな。その時から Tim 自身に変化はあった?
Tim : 自分の中での音楽の視野が広がりましたね。音楽のジャンルはもちろんだし、自分の音楽が色々な人に届いているのを実感するようになった。後は、これまでの制作は仲間と自分だけで完結していたけど、レーベルと仕事をするようになって、やれることも広がりましたね。普段から意識してるのは音楽以外のことは考えないようにしてること。例えば、飲み会とかも減ったり。スタジオに篭って、音楽に向き合う時間が増えて。普段も自分以外のアーティストの曲を聴いて、どんなサウンドがしっくりくるかを確かめたりとか。
メロディって言葉よりも感情に訴えられるものでもあるなって。
Tyler Tomoda
ー サウンドって話だと、Sound’s Deli でやってる時のラップとはスタイルとしては違うよね。
Tim : Sound’s Deli は結構(オーセンティックな)ラップって感じだけど、ここ1年で自分はメロディを作ることに興味が湧いていて。最初はどう見られるか、とかも考えたけど、やってみたら、メロディって言葉よりも感情に訴えられるものでもあるなって。気に入ったビートに対して色々アプローチを試してみた結果、やろうと思って。
ー 今作はソロとしてデビューEPという形になるけど、ソロとクルーでの作品での明確な違いがあるとすればどこ?
Tim : ソロの方がより「わかりにくい」サウンドだと思う。作ってる間にも周りからそう言われたこともあったし。「もしかしたら伝わるかも」って最近の反響とかを見てると思えたりもしているけど、本当にこれが流行るイメージは今はできていないかも。
ー 確かにチャートを狙ったサウンドではないし、あくまで Tim のやりたいことをやってるのは聴けばわかるよね。今のスタイルは普段聴いてる音楽から影響を受けたもの?
Tim : そうっすね。USのシーンから影響は受けてるんですけど、スタイルを取り入れただけであって、真似をしてるつもりはないですね。大枠のスタイルが近くても、リリックとか色々な箇所に個性が出て、そこで抜きんでたやつがかっこいいんだから、何でもかんでもパクリって言っちゃうのは違うのかなって。
ー そうだよね、ありがとう。そうえば Tim は自分で絵を描いてたり、美術館にもよく行ってるよね。そこから自分の音楽にインスピレーションを得ることはある?
Tim : 絵と音楽は関係ないっすね。絵は絵で完結されてるし、美術館に行った時のインスピレーションはそのまま絵にするし。
ー 絵と音楽は「作る」って意味では全く別物なんだ。
Tim : 全く別物。音楽の方がもっと緻密?って感じ。絵の方はもっと自由というか。
ー 緻密というと、どんな感じで制作してるの?
Tim : とにかくエンジニアと相談です。音楽は自分一人で作れないんで。だから音楽は「周りの力を必要とする」って意味でも違うし。美術に関してはあくまで自分一人で完結するものだと思ってます。
「なんて言ってんだろう」とか「なんか気持ち悪い」みたいな違和感の部分は美術から影響を受けた部分かも。
Tyler Tomoda
ー ありがとう。ちなみに好きな画家とか絵の種類とかってあったりする?
Tim : 抽象的な絵の方が好きですね。静物画とかより、もっと感情的なものが好き。「なに描いてんだろ」って考えさせられるようなもの。画家でいうと、小学生からピカソがずっと好きですね。
ー Tim のさっき言ってたことに似てるね。「わからないかもしれない、伝わりづらい」抽象的なものを形にするというか。いわゆる“ラップ”は「言葉で伝える」ってイメージがあるものだけど、今回の作品はそのスタイルから多少なりとも離れたわけだし。
Tim : そうですね。多分、自分のラップは言葉としてはハッキリは聞こえないんで。「なんて言ってんだろう」とか「なんか気持ち悪い」みたいな「違和感」の部分は自分の好きな美術から影響を受けた部分かも。
ー 別のアーティストの方がインタビューで「作品の中で、あえてちょうど良い違和感を作る」みたいなことを言ってたのを思い出した。そういう作品における「完璧と違和感の良いバランス」みたいな意識はあるんだね。
Tim : 確かにそうですね。「違和感」って話で言うと、自分はものすごく細かいんすよ。0.1秒のビートのズレとか、声のアプローチもちょっとズレてたら許せなくて。全て自分が気にいるところまで持っていかないとリリースしたくないし。エンジニアも頭抱えながらやってくれてるんだけど。でも逆にそうやって綺麗に完璧を求めて揃えすぎても気持ち悪いこともあるし。
ー この作品においては、そのこだわりはどこに出てると思う?
Tim : 一番はピッチ。ピッチ補正にも色々な意見あると思うけど、自分はガンガンやっていて。いかに気持ちいいところにヴォーカルを持っていけるか、どんな風に聴こえるかを特に気にしてます。「これ150回目の取り直しだよ」とかそのレベルまで。自分でも嫌いになるくらい自分の曲聴くし。
ー 自分の曲けっこう聴くタイプなんだ!分かれるよね聴く人、聴かない人で。
Tim : めっちゃ聴きますね。EPの曲もそれぞれ300回以上は聴いてると思う。その中で気に入った5曲を今回EPに。だからこそ、リスナーのみんなも気に入ってくれるといいなって思います。
ー みんなは尚更楽しみだね。じゃあ具体的な作品の内容について伺ってくね。作品のタイトル『LSD VS ADHD』はどういう意味?
Tim : EPを聴けば言いたいことはわかると思うので、ここはぜひ聴いた上で感じとって欲しいですね。
ー ありがとう。じゃあ先行でリリースされた「THE SIMULATION 2021」について聞かせて。
Tim : あの曲は今年の1月2日に録ったんすよ。2021になったすぐに。正月暇で、偶然 Kaleido も空いてたので。
ー あの曲は2021年を Tim の中でシミュレーションしてるわけだよね。もう2021年も半分が終わってしまったけど、シミュレーションは今のところ当たってそうかな?
Tim : 「俺は家にいない」ってところはシミュレーション通りですかね。“ You are still at home ”ってリリックは「お前たちは家にいるけど、俺は違う」って意味を含ませていて。実際、自分は積極的に活動しているし。あとは「売れないのはありえない」みたいなことを歌ってるんですけど、将来的な意味では光も見えてきたから、当たってるかも。
二面性というか。明るく見える裏に暗い側面があることを表現してたり。
ー 年末にもう一回答え合わせしないとね笑。じゃあMVについても聞かせて。全体的にハッピーな雰囲気のあったMVだったと思うんだけど、ラストシーンはTim が地面でもがくカットで終わるよね。あのカットはハッピーな出来事の後に、苦しい出来事が起こることを暗示しているのかなと思ったり。
Tim : うん、そうですね。あのMVを観てる人には「疑問」を持って欲しくて。例えば「赤と青の花」のインサートが何を表しているのか、とか。最後もだえるシーンもその疑問をいただいて欲しいカットの一つですね。少しわかりづらいけど。
Tyler Tomoda
ー 花のシーンはきちんと観れてなかったからもう一度チェックしないと。そういう意味では「何だこれは」って違和感がMVにも散りばめられてるってことだよね。そうえばさっき言ってたギタリストの方は「HAPPYBIRTH DAY」のギターの部分に参加してるのかな?このギターが超爽やかで印象的だった。
Tim : そうそう。この曲はめっちゃ音としては明るいんだけど、言ってることはめっちゃバッドで。最後の終わり方がシャウトというか「叫び」で終わっていたりするのも、二面性というか。明るく見える裏に暗い側面があることを表現してたり。
ー この作品を聴かせてもらって思ったことで、全体を通して、音楽として楽しく聴けるし、開放感もある。でも、じっくり聴いていく度に胸が締め付けられるような気持ちにもなってきたんだよね。音楽そのものとしては明るく聴こえるんだけど、メロディやリリックから段々と痛みみたいなものが伝わってきて。
Tim : 辛いことを明るい曲で歌うのが好きなんですよね。その気持ち悪さが好きというか。実際「GOD SLIME」とかもリリックはかなりネガティブなんだけど、そのネガティブも Pulp K のビートに乗ると、また違って聞こえて。
ー まさに「GOD SLIME」はそうだよね。俺がこのEPで特に感じたのは Tim の奥にあるパワーで。それも「マッチョなパワー」じゃなくて、胸の奥底から湧き出てくるような内側から出てくるパワー。肉体的なものじゃないもの。
Tim : うん。それを感じてくれるのはすごい嬉しいです。
ー こういうネガティブなことを吐き出すのって本当にパワーが必要だと思うんだけど、今のTimにとって自分にパワーを与えてくれる、自分を突き動かすもの・存在って何?
Tim : 自分の今の原動力はお金ですかね。でもそれは、お金が一番大事になりたくないからこそのお金で。俺が稼いでみんなに金をあげられるようにって意味で。
ー 確か1年前も同じようなことを言ってた。あくまでお金は手段だってことだよね。もう一つ聞かせて。「GOD SLIME」では「まだ見ぬ未来」という希望に溢れたものの対比として「闇」というワードが出てくるけど、Timにとってこの「闇」というものはどんなもの?
Tim : 自殺とか、夢を追うのを諦める、独りになる、とかかな。そういうのって日常に溢れているから。そういうのに飲まれないようにしながら進まないと。
ー そういう闇や葛藤も込められた作品を作り終えて、今はどんな心境?
Tim : このEPの最後は「Wwaaaaa」って叫び声で終わるんですけど、それです。自分の心境はまさにその叫び声通り。もう何がなんだか実際わからない、言葉では表せない感情だからこそ「叫び」で表現してるんだけど。
ー 「THE SIMULATION 2021」のMVのラストシーンみたいに、良いときと、悪いときの繰り返しを経て、その叫びは生まれてるのかな。でも、今もその繰り返しから「抜け出せた」ってわけじゃないよね。
Tim : そうですね。辛い、楽しい、辛い、楽しい、その浮き沈みってまじでキツくて、その最期にあの叫びがある。だから、まだ今も繰り返しの最中。自分はそこをずっと行き来してるんです。
Tyler Tomoda
Interview & Text : Shinya Yamazaki(@snlut)
Photo : Tyler Tomoda(@tylertomoda)
独特のアート感覚/エッジの効いた音楽性・ファッションセンスを持ち合わせた新進気鋭のアーティスト Tim Pepperoni。彼が所属するラップ・コレクティブ「Sound’s Deli」とともに注目の存在だ。
『LSD VS ADHD』
発売日: 2021年6月9日
Tim Pepperoni による1st EP『LSD VS ADHD』がリリース。
『LSD VS ADHD』には先行シングルで迎えたKaleidoやLUNV LOYALを筆頭に、同じクルーからMoon Jamが客演参加。楽曲プロデューサーには、KOHH・JP THE WAVYへの楽曲提供を行うPulp Kや、海外からKAAJ・Synthetic・Sharkboy等が名を連ねる。また、今後は作品に因んだアパレルやフィジカル等も展開していく予定となっており、こちらも要チェックだ。
【Instagram – Tim Pepperoni】
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