小袋成彬 -『Strides』| まずは小さな一歩から / interviewed by Shiho Watanabe

October 18, 2021

今回リリースされた小袋成彬の新作アルバムのタイトルはStridesという。タイトルに込めた本人の想いはこの後のインタビュー本文をじっくり読んでもらうとして、発表に先駆けて一聴した後、私としては大胆に、そして颯爽と大股で歩くような自信たっぷりの小袋氏の姿が見える気がした。  

その大胆さを感じさせるキーとなるのは、これまでの作品よりも強く押し出されたグルーヴ感だろう。日々の労働から非日常さを感じるセンシュアスな場面まで、小袋流のグルーヴが押し寄せてくる。それは丹念に重ねられたようなヴォーカルとサウンドによって創り出されるものであり、一曲一曲、一体どれだけ緻密な計算の上に成り立っているのだろうと感嘆した。今回収録されている鮮やかさとストイックさが同居する全7曲は、聴くもののどんな日常の場面にも響いてくるはずだ。例えば、勤労意欲を掻き立てられる「Work」はアルバムの、そして1日の幕開けに打って付けの一曲である。

また、インタビュー内でも語られている通り、『Strides』の制作を突き動かしたものに、”empathy” があるという。人に共感する力を表す “empathy”という言葉だが、日本語にはしっくり訳す言葉がないのが現状だ。今の社会には、他者と歩幅を合わせ、相手の想いを読み取り共感する力が足りないのではないか。アルバムを通して、小袋氏はそう問いかけてくる。

そしてこの度、光栄にも小袋成彬本人に話を伺う機会に恵まれた。実は SUBLYRICS の主宰者である山崎氏がこのチャンスを繋いでくれ、小袋氏、そして私は同じ大学の卒業生という嬉しい偶然もあり、取材は少しリラックスしたフリートークのような雰囲気で進んでいった。インタビューでは、彼の言葉で作品を紐解いてもらいつつ、制作に至るまでのバックグラウンドや環境・心境の変化などを語ってもらった。『Strides』で描いた日常の裏側には何があるのか、ぜひ彼の言葉から感じ取ってもらいたい。(Text by Shiho Watanabe)

Shiho Watanabe : 小袋さん、こんにちは。よろしくお願いします。

Nariaki Obukuro : よろしくお願いします。Apple Watchかっこいいですね。使い勝手どうですか?

S.W : 全く使いこなせてないです(笑) 

N.O : でもSuicaとかもいけるんじゃないんですか?

S.W : そうそう!Suicaはめっちゃ楽なんです。小袋さん使ってらっしゃらないんですか?

N.O : いや今Apple Watchめっちゃ考えてて。ランニングする時使えると思って。

S.W : ワークアウトする方には良いですよね。楽は楽ですよ。チャリ乗りながらSpotify操作できたり。

N.O : 買いにいこっかな。欲しくなってきたな(笑)。

S.W : そんな感じで、今日は改めて貴重な機会をありがとうございます。

N.O : よろしくお願いします。今日はSUBLRYICSのシンヤくん含めて3人とも同じ大学ってことでね。

S.W : 立教大学が繋いでくれた縁ということで。

N.O : これを機に母校の音楽が盛り上がって欲しいですね。

S.W : 今、立教大学で音楽やっている学生たちって結構いるんですかね。

N.O : アカペラは強いとか聞いたことありますけどね。軽音サークルみたいなのもあるみたいだし。全然名前とかは覚えてないんだけど。

S.W : いくつかありますよね。私がいたのは古(いにしえ)の時代なんですが…。小袋さんは在学生の誇りですね。

N.O : そんなことないですよ、就職率下げてるので(笑)。

S.W : いやいや、夢がありますよ(笑)。ロンドンの生活はどうですか。もう「慣れた!」って感じでしょうか。

N.O : そうっすね。もう2年くらいいるので。慣れましたね。

S.W : 最初はこういうところが慣れなかったけど、今は全然いける!みたいなのってありますか?最初はスーパーで買い物も手間取っていたけど…みたいな。

N.O : もう全然なくなりましたね。最初はSUBWAY入って、何の具材を入れるか注文するのも緊張してましたけど(笑)。でも今はそんなこと全くないですし。なんか今、日本語喋ってるのが久々で。テンション上がってます。

S.W : 今、画面に写っているのはご自宅ですか?ロンドンに越してからずっと同じお部屋?

N.O : そうですね。

S.W : 素敵です。立派な機材なんかも見えますけど。

N.O : 全然全然!なんにもないっすよ(笑)。これはMIDI鍵で、今目の前にあるデッカいディスプレイでいつも制作してるって感じです。あの辺も普通に安いギターだし。

S.W : ここで全て制作が完結するんですか?

N.O : ここでプリプロまで終わります。ミックスとかはこの部屋ではやらないですね。

S.W : お部屋のお気に入りスポットとかありますか?

N.O : 最近あれ買ったんですよね。見えるかな。あそこの上に。なんていうのかな、ウツボットみたいなやつ(笑)。Pitcher Plant って言うらしいんですけど。虫を食べる食虫植物。最近導入しました。

S.W : え、実際に食べてくれるんですか。

N.O : 昨日買ったばっかなんですけど(笑)。でも容器の水分を3分の1キープしておかないとダメらしくて。あれがお気に入りポイントですかね(笑)。

S.W : ちょっとまたPitcher Plant生活を伺いたいですね(笑)。

N.O : ぜひ。ストーリーしますね。

" うん、ありました。" それ "をアルバムにしたという感じです。"

NARIAKI OBUKURO
PHOTOS BY PICZO IN 2021

S.W : 今日はせっかくなので、ロンドン暮らしについてお聞きしたいんですが、普段はお家で制作されてますか?

N.O : そうですね。外に1つスタジオ持ってたんですけど『Piercing』ってアルバムを作って手放しちゃったんで、ここで。そのタイミングでコロナが来ちゃったんで「ここで作るしかないか」ってなって。本当は自分の部屋なんで、あんまり“仕事”って感じじゃなかったんですけど。今回のアルバムは、ほぼここで作っちゃいました。

S.W : 楽曲制作の時のルーティンってありますか?お香を炊くとか、ジョイントに火を点けるとか。

N.O : アイドリングに時間かかるんですよね。だから朝10時に起きても始めるの19時とか。「腹減ったな」とかなったり。散歩したりとかして、帰ってきたら「ちょっと疲れたな」みたいな(笑)。そんなんで結局19時になっちゃうみたいなのが王道パターンですね。ルーティンじゃないけど。

S.W : でも19時に一回スイッチが入ったら、もう走り続けられるみたいな。

N.O : もうそう。それこそ12時間いけますよ。朝の7時とかまで。「うわ、明るくなった」みたいな。

S.W : そういう生活は、もう日常ですか。

N.O : それが3日続く時もあるし、1ヶ月くらい何にもしてない時もあるし。まちまちですね。でもやっぱ好きなんですよ。この前休日で「休もう」と思ってたんだけど、ここに座ってパソコン開いたら、DAW開いちゃってて。「休む」っつってたのにみたいな(笑)。息抜きで開いちゃってて。だから結局好きなんだろうなって。

S.W : そういう作曲や制作に対するマインドとかモチベーションって、東京にいた時とロンドンにいた時では変化はありましたか?

N.O : ありますね。なんか往復してた方がリフレッシュされるし。もっと物事を俯瞰して見れるし。

S.W : ロンドンにいて、普段の生活を送りながらインプットされるものが違う、みたいなことってありますか?

N.O : ありますよ。めっちゃ。なんかグラフィティとか見てても、良いこと書いてるな、とか思うし。この前、その辺の壁に「The real virus is capitalism」って書いてあって。しかも普通に手書きのペンくらいで(笑)。スプレーとかじゃなくて。不意に見つけちゃったみたいな。

S.W : そんな落書き、東京でもないですもんね。いいことづくめですか、引っ越して。

N.O : まぁ半分コロナの期間でしたけどね。

S.W : そうですよね。でもコロナ禍のロンドンっていうのは、どういう雰囲気でした?

N.O : まぁ完全シャットダウンだったんで、もうお店も開いてないし、みたいな。テイクアウトもダメみたいな時期が結構続いたんですよ。3ヶ月くらいかな。長すぎて覚えてないですけど。その時は流石にみんな辛そうでしたね。メンタルヘルスの問題もあるし。
でも、最初から公園とかだったら「何人までだったら集まっても良い」みたいなルールがあって。だから「ずっと部屋にいないといけない」みたいなことはなくて。みんな外出て、散歩したり。逆に自然の空気吸って、すげえ楽しかったっすね。

S.W : 月並みな質問ではありますけど、コロナ禍の1年半が小袋さんのアーティスト生活に、マインド面でも何でも影響を与えることはありましたか?

N.O : もちろんね。いっぱい。「ニュートンとか何してたんだろうな」とか考えて、動画観たりしてましたね。あの人もペストになっちゃって、大学から実家に2年間?夏休みの間とかで帰って、そこから天文学の基礎を作り上げた、って言いますから。そういうのを観て、そういう時期なのかな、って思ったり。

S.W : 改めて自分がアーティストという職業を生業にしていることとか、歌を作ってそれを世界中の人が聴くということ、とか、自分の仕事の根元について考え直すことってありましたか?

N.O : あぁ、しますよね。しませんでしたか?。

S.W : ありましたありました。私の仕事って中間搾取なのかなとか思ったり(笑)。色々考えましたし、仕事どうしようとかも思ったし。私もフリーランスなんですけど、不安的なところがありますから。

N.O : わかります。「なんで俺いるんだろう」みたいな(笑)。別にコアワーカーでもないし。今のこの社会において私の存在意義ってなんだろう、って考えたり。

S.W : その質問に対する“答え”みたいなものってありましたか?

N.O : うん、ありました。ありましたし「それをアルバムにした」って感じです。

" ヒップホップというものが響いてきたんですよ。去年から。今までは「なんか格好良いな」くらいだったんですけど。"

NARIAKI OBUKURO
PHOTOS BY PICZO IN 2021

S.W : おお〜!ちなみにアルバムはいつ頃作られたものですか?

N.O : 今年の1月くらいですね。それぐらいから作り始めました。

S.W : アルバムという形態ではこれが3作目ですよね。いつも「アルバムを作るぞ」って感じで制作を始めるんですか?何かパターンとかありますか?

N.O : いやまだ3作目なんで、まだ全然わかんないですけど。去年ちょっとダラダラしすぎたな思ったんで、「今年はやるか」みたいな(笑)。クリスマスまではとりあえず休んで、1月からやるぞっていう。それがきっかけでした。

S.W : そういう時って、タイトルとかコンセプトを先に決めるんですか?

N.O : 全然全然。もうがむしゃらに作って。100曲くらい作って「これいいかも」とか、「これとこの曲は繋げた方がいいな」とか。街歩いてて思ったりするんですよ、たまに。「あの曲とあのイントロ繋げよう」とか。そういうのを繰り返して出来た7曲です。

S.W : 7曲という収録曲数についても聞きたいんですけど、7曲になった理由はありますか?

N.O : 全然ないですよ。ほんとは14曲くらいがいいなって思ってたんですけど。全然書けなかった。でも出したくなっちゃって。

S.W : そうだったんですね。例えば、タイトルは『Strides』ですけど、「Strides」という曲を作ってから「これを表題曲にしよう」と決めたのでしょうか?どういう段階でアルバムの名前が決まったんでしょう。

N.O : それは逆ですね。5曲ぐらい作った時点で『Strides』っていうコンセプトが自分の中でハマって。そこから2曲作ったんですけど、そのうち最後に作った方の曲を「Strides」って名付けて。

S.W : これまで小袋さんが書いてきた、空想を膨らませるような歌詞や世界観は私も好きなんですけど、今回はさらに地に足が着いた感じを感じて。小袋さんの日常生活を生々しくーーそれは肉体的な生々しさではなくてーー日記を見ているみたいな生々しさを感じました。「あ、実際にキャッシュ増えてるんだ」みたいな(笑)。そこにはちょっとラッパーっぽいアティチュードも感じて。「Work」やMUD君とやっている「Route」では特にそれを感じたんです。そういう歌詞の変化は意識されましたか?

N.O : ラップがどうとかっていうのはわからないんだけど、ヒップホップというものが響いてきたんですよ。去年から。今までは「なんか格好良いな」くらいだったんですけど。BlackLivesMatterあたりから、なんか伝えたいメッセージが初めてわかって。2Pacが言っていたこととか、Biggieがストリートから抜け出す、みたいな話とか。すげえ納得していっぱい聴きあさって。
特に俺、Boom-Bapがすごい好きっぽくて。めっちゃ聴いてましたね。JAY-Zの『The Blueprint』?3-4作目くらいなのかな?わからないけど、あれがカッコ良くて。

S.W : クラシック。カニエがガッツリプロデュースに入った作品ですよね。

N.O : あぁそうなんだ。あの作品の中の「The Blueprint(Momma Loves Me)」って曲があって、それが音がカッコ良すぎて。自分の家のスピーカーで聴いて、もう「は?」ってなって「何だこれは」って。で、レコード・マニアの友達の家に行って、そこがレコードが良く鳴る家なんですけど。そこでJAY-Z聴いて、もう「ドーン!」ってなって。「なんだこれは…」って(笑)。そこで聴いたのはその曲だけなんですけど。


S.W : 『Strides』の制作の前には、そういう原体験があったんですね。。

N.O : まぁ色々ありますね原体験。全曲。特にJAY-Zのあのアルバムは、シンプルで聴いたことないビートで、みたいな。音の一個一個の力強さみたいなのが「カッコ良い…」ってなって。余計なことを全くしていなくて、グッときたんですよね。

S.W : 今回アルバムは「Work」で始まるじゃないですか。この楽曲は特にグルーヴ感もすごい。あと、私は個人的にヒップホップを20年以上聴いてきて、ヒップホップから学んだことの一つに「労働の大切さ」というのがあるんですね。みんなメイクマネーについて歌っているし、働かないと食えない、ということをずっと歌っているんです。だからちょっと「ダルい」とか思っても「人生は労働だから」って言い聞かせて毎日何とか稼いでいるわけなんですけど。
それで今回小袋さんも「Work」って曲で、お金について歌っていて、しかもグルーヴィーなバウンス感のあるビートでアルバムが始まったから、「うぉ〜!」ってすごくエンカレッジされました。

N.O : あぁそれは嬉しい。あの曲を一番最初に作りましたし。1月1日から「やるか、働かなきゃ」って感じで(笑)。言葉にならないリズムとハーモニーの中に、そういう要素があるのかもしれないですね。それがリンクしたなら嬉しいです。

S.W : あと頂いたリリックには一文字伏せて書いてありましたけど、日本の政治家の方の名前がネームドロップされている箇所も。あえて、こうした名前を歌詞に入れた理由はありますか?

N.O : しょうがないよね。ハマっちゃったんだもん。地元だし。埼玉なのかな、大宮なのか浦和なのかわからないけど、あの辺なんですよね。地元に帰ったらいるんですよ。ポスターがあって。何の恨みもないですけどね。俺のDNAに聞いてみないととわからないですね。出てきちゃったんですもん。

S.W : 小袋さん的にコロナ禍の日本の様子はニュース等で入ってきたりはしていましたか?何か思うことはありましたか?

N.O : いっぱいありますよ。「なんでマスク2枚やねん」とか(笑)。

S.W : 誰もがズッコケたやつですね(笑)。

N.O : あれ何だったんですかね本当に。まぁイギリスはちゃんと戦略が見えていたから良かったんです。こっちも文句言ってる人はいっぱいいるから、良いサイド、悪いサイドはあると思うけど。でもなんか分かり易かったしこっちは。「こうなったら、こうなる」ってのがわかったんで良かったです。日本は感情論的なものが何よりも優先されている感じはあったから、僕には肌が合わない。肌が合う人もいるだろうけど。

S.W :あまりにも科学を軽視してるような政策にも見えました。

N.O : 軽視してるのかPRが悪いのかわかんないですけどね。でも次は「自粛」って言わない人がいいな。それで上手く行ってんだからすごいけど。

S.W : あと、個人的に聞きたいのが今回のアルバムに参加しているアーティストの方たちについて。プロデューサーとしてAru-2さんが参加しています。クレジットを見たら、Aru-2さんの隣に宇多田ヒカルさんの名前があって、「Aru-2と宇多田ヒカルが並んでるよ!」みたいな気持ちになりました(笑)。

N.O : 確かにクレジットだけ見たらそうですね。まぁ宇多田さんにはちょっとだけ歌詞を手伝ってもらって。Aru-2君にはトラックのほとんどを作ってもらいました。俺は要素を組み換えただけで。

S.W : そうだったんですね。「Rally」は結構、疾走感のあるビートで。

N.O : そうなんすよ。やっぱね…良い。Aru-2。

S.W : 彼をフィーチャーしたのは、どういう経緯が?

N.O : なんかねインスピレーションがあったんですよ。「あ、呼ぼう!」みたいな。会ったのは5年以上前だと思う。Aru-2の家にも行ったし。でも2年以上会ってなくて、クラブでたまたまあったりくらいで。で、今回東京きてるタイミングがあったから「やろうよ」みたいな。スタジオ一緒に入って、ビート聴かせてもらって、その場でなんとなくのコーラスを入れ始めて。すげえバイブが合ったんですよ。

S.W : じゃあ持ち帰って長く寝かせて、ではなく、その場で一緒にいた時のバイブスが曲になった感じですか?

N.O : そうですね。2-3時間しかいられなかったんで、そこでバッて作って、そこからね、色々発展はしていきましたけど。2人じゃないと絶対作れなかった曲ですね。

S.W : 小袋さんの思うAru-2さんの魅力って、どういうところにあると思いますか?

N.O : つやつやしてる。音楽もお肌も(笑)。あと、自分のグルーヴを信じてる感じがマジでインスパイアされますね。なんていうんだろ。何にも寄っていないんだけど「Aru-2」って感じ。ビート作ってても「Wow」ってなるんですよ。今回もあの曲ハイハット?ベースがめっちゃ遅れてて「これクオンタイズしないの?」って言ったら、「これはMIDIでレイテンシーで遅れちゃったやつだから、これでカッコいいんで。」って言ってて。「まぁそうだよね、わかる!(笑)」ってなって。画面がどうとかじゃないよな、って思わせてくれて。やっぱすげぇな、ってなる毎回。

S.W : うんうん。とても素敵な曲でした。あともう一つ、ヒップホップリスナー的にはKANDYTOWNのMUD君が参加してることにもテンションが上がりましたね。

N.O : カッコ良い…MUD…。イギリスの友達に「Chevy」めっちゃ聴かせてるんですよ。

S.W : そうなんですか!

N.O : そう「I wanna take it to the party 〜」ってやつ(笑)。超カッコ良い。で、みんなこうやって首振るんですよ。なんかあれね、それこそ90年代ヒップホップのノリもあるんだけど、東京っぽさもあって。あれ「MUD」なんですよ。

S.W : めっちゃ分かります。

N.O : なんかね、すげえ絶妙なとこ行ってるんですよ。あの曲。ドンピシャで。それがマジでカッコ良い。前々から好きだし、Gottz & MUDでやってる「Nice Booty」って曲とかもめっちゃ好きで。「Damn, ダチが見つけたNice Booty」ってやつ。「お前見つけてないんだ!ダチが見つけた子にいっちゃうんだ!」みたいな(笑)。あのラップの感じとかもめっちゃ好きだし、本人のアティチュードというか、生き方がそのまま、音楽が身体から出てる感じがあったんで。で、実際会って、ちゃんとバイブ確かめて。そこで俺がちゃんとヒップホップを聴くようになったっていうので、(MUDが)曲をいっぱい教えてくれたんですよ。

S.W : そうなんだ!その会話聞いてみたかったです。

N.O : あのGuruの『Jazzmatazz』?

S.W : 最高!マスターピース!

N.O : そうそう。それとかもその場で流したりして。で俺もJAY-Zの『The Blueprint』聞かせて「おー!」みたいになったりとか。そういうのをスタジオでやって。

S.W : なんか少年みたいな時間の過ごし方ですね(笑)。いいですね。

N.O : 年も全然変わらないし、っていうので、バイブしましたね。

S.W : MUD君は小袋さんから声かけたんですか?

N.O : そうですね、もちろん!でも、僕Gottzとイギリスで遊んだし、一緒に曲もやってるし、KEIJU君もやってるから全然。KANDYは全員とかじゃないけど、何人かは知ってるから。そんなに遠い感じもしなかったですし、個人的には。もちろん連絡先は知らなかったですけど。

S.W : MUD君もいつもより渋くて、洒落てるラップだなと思いました。

N.O : カッコ良いもんMUD。「俺がたらたら言って、最後にMUDがもってく」みたいな構図で。でも本当に「そうしたい」って言ったんですよ。

S.W : どういう注文の仕方をしたんですか?

N.O : 意外と短いんですよね。8小節?とにかく短いんすよ。秒数だと20-30秒しかないんで。「MUDが輝くための曲なんで」って感じで。「ここ全部もってって」みたいな(笑)。そういう注文でした。

 

" だから"empathy"っていう言葉を辞書に載せるか、もしくは「empathyを感じられるような作品を作ってみたい」って思って。"

NARIAKI OBUKURO

S.W : そういうところも楽しませてもらいました。楽しんだし、アルバム全体の音像みたいなものも素晴らしいし、どんなシチュエーションで聴いてもハマるって思いながら聴いてました。

N.O : あ〜嬉しい。

S.W : 朝イチにおうちで聴いてもハマるし、夜の渋谷を歩いていてもハマるし。小袋さんとしては、今回『Strides』の制作において「核になっている部分」やテーマってありますか?

N.O : 音楽的には「フロウから逃げない」。今まで逃げがちだったんで(笑)。「あぁもう続かない」ってなってサビに逃げるとか。逃げってわけじゃないんだけど、そういう瞬間もあって。今回は何日も粘りよくトライして。それこそ「Butter」のアウトロのところとか、すごい長いけど。ああいうのを軽く体揺らしながら、作ったりとか。

S.W : そういう時って、トライし続けると、ピッタリハマるフロウが出てくるものですか?

N.O : ありますあります。「これ言いたかったんだ」とか。だから、ずっとグチグチ言いながらテムズ川歩いてますよ。

S.W : ハマると絶対気持ち良いですよね。

N.O : そう、その快感が忘れられないですよね。どんなに辛くても。

S.W : 今回の全7曲の中でも、特に「なかなか完結しないな」みたいな楽曲ってありましたか?

N.O : 全部ですね。マスタリングを終わったら自分の手元を離れるじゃないですか。そのギリギリまで悩めるから、最後まで「Aにしよう、Bにしよう」って悩んでて、「あぁ!もういいやB!」みたいな(笑)。そんな状況なんですよ。もっと時間があれば色々できたかもしれないけど、そしたらいつまでもそうなっちゃうし。なんかそんな気分ですよ。

S.W : どこを「曲の完成」と決めるかが難しいですよね。

N.O : ですね。自分の理想の音がやっぱりあるんですよ。『Strides』でもそれを結構追求してたんですけど。ビートは強いんだけど優しくって。歌は前にいすぎない感じとか。空間の中に溶けてて。みたいな。じゃないと俺無理なんですよ。多分、僕の曲聴いた後、アリアナ・グランデとか聴くと、ヴォーカルドーン!みたいな感じで。一緒に聴けない気がする。でもD’Angeloとか、ああいうちょっと音の質感が似ている感じに挟まるとちょうど良いのかも。でもちょっとモダンみたいな!そこを探っていた感じですね。

S.W : でも、まさにそこが小袋さんの魅力ですよね。

N : ありがとうございます。

S.W : これは事前に伺った話なんですが、『Strides』のアルバムの裏側にあるコンセプトに”empathy”というフレーズがキーになっているということで。

N.O : そう、それ言いたかった〜。本当。

S.W : “sympathy”じゃなくて”empathy”って、今、英語圏で盛んに言われているような気がしていて。対して、日本だと馴染みがない言葉かも、と思うんです。その辺のお話を小袋さんから伺いたいです。

N.O : “empathy”俺も知らなかったんですよ。こっち来て、何のきっかけで知ったか忘れたけど、「empathyって何だろ」と思って調べたら”sympathy”とは違くて。empathyは能力のことなんですよ。人の感情を読み取ったり、感じたりするアビリティのことをempathyって言って。sympathyは「共感していること」そのものを表しているんだけど。だからempathyはImprove(向上)できるんですよ。自分で鍛えられる。

今まで俺、あんまり共感能力とかもないし、共感することにあんまり意味も感じたこともなかったんですけど、こっち(ロンドン)に来て、最初赤ちゃんみたいな感じで、英語で喋るじゃないですか。拙い英語で。そうすると、なんか「会話って共感ベースで進んでるな」ってわかるんですよね。「あぁ〜!」とか。そういうリアクションで会話は成り立っちゃうみたいな。そこで「共感する能力」を鍛えたい、って思って。で、その後、empathyって言葉を知って。「俺、sympathyが足りないんじゃなくて、単純にempathyを鍛えてなかったんだ」って思ったんですよ。

その言葉をなんで知らなかったかって思ったら、日本語にempathyを意味する言葉ってなくて。辞書に載ってないから。そこで「なるほどね」って思って。今、この世に足りないのは、まさにempathyで、sympathyを探すことではないんだって。しかも、その概念が辞書にない、日本にないっていうのはやべーって思ったんすよ。

S.W : そこが足りていないと、「分断しかない」みたいな感じになっちゃいますね。

N.O : だから”empathy”っていう言葉を辞書に載せるか、もしくは「empathyを感じられるような作品を作ってみたい」って思って。

S.W : そうだったんですか。でも「empathyを音楽で伝える」というのは、小袋さんにとって、どんな作業でしたか?

N.O : いやぁ難しい。わかんないですよもう。自分でも何を言ってるんだ、っていう感じだから(笑)。でもなんか、そのコンセプトが頭からこびりついて離れなかったから。自分で作ってみて、それを人に聴かせてみて、首を振ったとか、口ずさんだりとかあるじゃないですか。「そこ口ずさむんだ!じゃあこのフレーズ使おう!」とか思ったり。そういうのを踏まえて「一緒にノれる音楽を作りたいんだ俺」って思ったり。それって音楽の基本ですけど、今までやってことなかったし。「それを何かに例えたい」って思った時、ランニングしてたら「Strides」ってコンセプトが思いついて。

 

" 自分は「フロントランナー」もしくは「ペースメイカー」として誰かを導いたりできないかなって。"

NARIAKI OBUKURO
PHOTOS BY PICZO IN 2021

S.W : そうなんですね。「Strides」というコンセプトについて、もっと踏み込んで説明していただきたいです。「Strides」は「歩幅」とか「大きな一歩」「またぐ」みたいな意味だと思うんですけど。

N.O : そんな感じです。なんか今までね、人生の「スピード」に注目しすぎてたんですよ。「速さ」。「どんだけ速く走ったか」とか。「あいつ速く走ってるな」とか。あるじゃないですか。この加速主義的な社会の中で。でも、一度、コロナで立ち止まる機会があって、全員で立ち止まって振り返った時に「スピードに注目しすぎる代わりにStrideに注目してみたいな」ってふと思ったんですよ。なんか始める時は小さな一歩だし、調子が出てきたら大きなStrideになるし。
結局人間は歩き続けないといけないから。でも、人生にはそれぞれの歩幅(Stride)がある。それにすごく注目した時に、自分は「フロントランナー」もしくは、「ペースメイカー」として誰かを導いたりできないかなって。「まずは小さなStrideで」とか。「この星の未来は私たちの気分次第なのよ」みたいな感じで”一緒に”。Stride・歩幅を合わせることが必要だと思ったんです。今一番世界に足りないことだから。

S.W : 本当にそうですね。

N.O : で、「歩幅を合わせる」ってやっぱ優しさが必要だし、それこそempathyですよね。そういう風に思って。

S.W : うんうん。あの「Strides」のリリックの中で「走り終えてもなお、歩き続けるのがプライド」ってラインがあって、すごいそれが心に響いてきました。カッコ良い〜って。

N.O : そうなんだ嬉しい(笑)。

S.W : 「走った後も、まだ歩くんだ!」みたいな。

N.O : でも俺も気に入ってるんです。結局、前に歩かないといけないし人生。マラソンが終わっても歩かないと死んじゃうから。結局歩かないといけないんすよ人間は。走り終えても。本当にそう思って。

S.W : 本当ですね。走り終えた後にまた走らねばならない、じゃなくて「歩いてもいいんだ」みたいな。それこそ「歩幅」を変えて、前に進むことっていうのが大事なんだって。

N.O : 嬉しい。めちゃくちゃ嬉しいな〜。

S.W : それがめっちゃめっちゃ響いて。私、今子どもが一歳半なんですけど、フィジカルな意味での歩幅もすごく感じちゃって。

N.O : ハイハイからヨチヨチになって。

S.W : そう、本当に今、ヨチヨチの時期なんですよ。そういう意味でも、この『Strides』は一行一行噛み締めながら、首を振りながら聴きました。

N.O : 嬉しい。あぁ嬉しいわ。泣きそうになっちゃいました。

S.W : さっきも「いつ聴いてもハマる」って言いましたけど、私の人生の中でも、事あるごとに聴き返す作品になるんだろうなって。そういう作品に出会えて嬉しいです。でも、そういう自分のマスターピースってやっぱ音楽好きな人は人生に必要なものだと思うし。

N.O : 嬉しいっすね。嬉しい。火曜の朝から気分がいいです(笑)。ありがとうございます。

S.W : ハハハ(笑)。あとは小袋さんの愛する人への目線で歌った曲にも痺れて。個人的には「Butter」がすごく気に入っています。というか、あの「Butter」のベースラインも凄い好みでした。

N.O : あれSuchmosのHSU君ですよ。

S.W : はっ!そうなんだ!サンダーキャットかなと思いました(笑)。

N.O : サンダーキャットよもう(笑)。いや、HSU君!あれはHSU君グルーヴ。あれ2-3本ぐらいしか録ってないですよ。

S.W : そうなんですか!

N.O : 最後なんかもう一発目が良すぎて「もうこれでいいや!」みたいな(笑)。本当にそんな感じ。ちなみに「Work」もHSU君です。

S.W : そうなんですね。やばい。そこのグルーヴ感が個人的に、ツボでしたね。

N.O : 本当はね「Work」だけ弾いてもらうつもりだったんですけど、めっちゃ良かったから「Butter」もやってもらって。「Work」はね、「生きるためには働かなきゃな」っていうのが彼にもキタらしい。

S.W : わかる気がします。「Butter」のカルティエに言及するリリックも「超ロマンチックだな」と思って聴いてました。

N.O : カルティエ意外といないっすよね。グッチとかはいるけどね。シャネルとか。

S.W : 私、まさにこの間グッチのピアスを買って。それは自分のために買ったんですけど、小袋さんのカルティエのリリックを聴いて「好きな男性が自分の耳元を見てるなんて、そんなのめっちゃロマンチックじゃん」と思って。もっと頑張ってカルティエ買えばよかった、みたいな(笑)。

N.O : 意外とカルティエっていないんですよね。俺も買ったんですよ。これカルティエで。

S.W : そうなんですか!そこに続く「さすが俺のVenus」という流れも最高で、「めっちゃ良いリリックだな〜」と思って聴いていました。あと「Formula」のリリックの中でも「優しさは可視光線」ってラインがあって。こんな表現どうやって思いつくんだろう、って。

N.O : 俺も当時の俺に聞いてみたいですね(笑)。

S.W : ああいう愛が溢れるリリックっていうのは、どう言って書いてるんですか?

N.O : 何日も迷ってますけどね。最初は「優しさは可視光線」って「は?」って思いながら書いてて、でもなんか読んでるうちに、段々納得していくんですよね。empathyを最近Improveしたので、人の優しさが見えるようになってきて。

S.W : めっちゃImproveしてる(笑)。

N.O : そう。ちょっと席よけてくれたな、とか。なんかあるじゃないですか。でもギスギスしてるとね。見えないから。意外と見えるんだ、可視光線なんだなって。紫外線とか見えねえやつじゃないんだって。「見えるんだ!」みたいな。

S.W : じゃあempathyは日々Improve中ですか?日々鍛錬!という感じで。

N.O : まぁしたいですね。もちろんね、そうならない時がほとんどかもしれないけど。心に留めておくくらいがね。いいですよね。あんまり優しくしすぎてもこの世界生きづらくなっちゃうから。自分がイヤになっちゃう。「何で!」ってなっちゃう。「報い!」とか思っちゃうからほどほどにね(笑)。

S.W : ギブアンドテイクが成り立たないこともありますからね。小袋さんって、リリックは普段どうやって書いてるんですか?

N.O : 普通ですよ。iPhoneでぶつぶつ言いながら。まだ俺3作しか作ってないんで、毎回違うんで、わかんないですけど。今回は自分のビートをイヤホンして聴きながら、街歩いてブチブチ言いながら溜めてって。口ノリがいいのと、メロディが合ってるかどうかとか。やってって、ハマったのを繋いでいったって感じっすね。

S.W : 小袋さんにとって英語で歌うことと日本語で歌うことは全く別って感じですか?普段、ロンドンで過ごしていたら、自然と出てくる自分の中のメロディが英語になっていたりとか、そういうことってないのかなって。

N.O : 普段から俺あんまり日本語の音楽を聴かないから。歌う時は大体英語なんですけど。でも「Butter」の英語とかは、本当にその場で出てきたやつだし。まだ精度は低いけど。でもね、あんまり英語で歌おうって気もないんですよ。歌上手い人いっぱいいるし、ロンドンにいたら、俺より英語で歌上手い人なんか死ぬほどいっぱいいるから。でも日本語で歌える人誰もいないんすよ。俺が英語の言葉を聞いて「クールだな」って思うように、「この日本語すごいクール、発音したくなる」みたいなのがいいなって思って。その塩梅を自分で探ってます。

S.W : ありがとうございます。今後のプロジェクトなど、小袋さん的に見据えてるものとかありますか?

N.O : どうですかね〜。ぼんやりありますけど、ぼんやりしすぎてて。やっぱダンスミュージックが好きなんで、ダンスミュージックでみんなが集まれる場所とか、そういうのをちょっと考えてますね。やっぱ今回は言葉が多いし、言いたいことは自分のフロウで伝えたけど、そうじゃなくて、違う方法で言葉を少なめでやっても良いし。考えてますけど、そんぐらいぼんやりしてますね。

S.W : 今回この全7曲を作り終えて、今のお気持ちってどうですか?

N.O : 早くもう遊びたいって感じ。結構今ショッピング楽しんでるし。でも、毎回アルバム出すたびに「世界から消えたい」って思うんですよ。別に自殺願望とかじゃないんですけど。みんなの注目を浴びてるのが、あんまり心地良いタイプじゃないんで。普通に「サッと消えたい」って思う時がもうそろそろ来るはず(笑)。今回は逃げないって決めたんですけど。って感じです。

S.W : でも、皆さんの反応も楽しみですよね。

N.O : そうっすね。このインタビューが公開されてる頃には、みんな聴いて2日目とか3日目だと思うので、楽しみだな。


R.I.P. HSU.
この度の訃報にSUBLYRICSより
謹んでご冥福をお祈りいたします。

Credit

Interview : Shiho Watanabe(@shiho_watanabe
Photo : piczo(@picpicpiczo
Direction & Edit : Shinya Yamazaki(@snlut

Part.1


Part.2

Nariaki Obukuro 『Strides』
Release Date:2021.10.13 (Wed.)
Tracklist:
1. Work
2. Rally
3. Formula
4. Butter
5. Strides
6. Route
7. Parallax

READ NEXT

NEWS

FEATURE

©︎ SUBLYRICS, 2022, All rights reserved