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Man On The Moon Ⅲ : The Chosen - Kid Cudi | メンタルヘルス問題との共生、ファンへの感謝

January 4, 2020

Man On The Moonシリーズの最終章

12月11日、アメリカ合衆国オハイオ州出身のラッパー、Kid Cudi(キッド・カディ、以下Cudi)が『Man Of The Moon(以下MOTM)』シリーズの最終章『Man On The Moon Ⅲ : The Chosen』をリリースした。

本稿では、彼の鬱や自殺願望、ドラッグ依存などのメンタルヘルス問題との闘いの物語を描いたトリロジーの最終章のアートディレクターを務めたSam Spratt氏へのインタビューを元に、Cudiの最新の美学の背後にあるストーリーとその創造のプロセスを探っていく。同時に、彼のディケイドを飾る物語の最終章に秘められた想いやメッセージを紐解いていきたい。

物語の終焉を飾るカバーアートの裏話

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今回カバーアートを担当したのは、ブルックリンで活動するイラストレーターのSam Spratt氏。同氏は他にもLogicの『No Pressure』や070Shakeの『Modus Vivendi』のカバーアートも手掛けている。

Twitter : Sam Spratt

COMPLEX:Cudiと彼のチームに参加することになった経緯は?

Sam:数週間前にLogicから「Cudiから電話があった。君にアルバムカバーを担当してほしいってさ。」とメッセージがきたんだ。彼は良い友達だけど、最初は信じなかった。そしたら彼は言ったんだ。「これは本当なんだ。君をつなげてくれないか?ってCudiが聞いてきたんだ。」ってね。ようやく嘘じゃないって分かったよ。翌日Cudiと電話で、彼が人生のどのようなフェーズにいるのかや、MOTMの復活に向けて何を感じているのか、カバーアートで何を成し遂げたいのかをじっくり話し合ったんだ。会話の内容はとても素晴らしいものだったんだけど、なんせ納期が4日しかなかった。長い間をかけて制作されたMOTMだけど、俺にとってはそれはただ聴くだけのものでしかなかったんだぜ。

COMPLEX:このプロジェクトと重みとMOTMを待望にしているファンのことを考えるとプレッシャーがすごかった?

Sam:待っているのはCudiのファンだからそこまで気にしなかった。Cudiが気に入ってくれたように、ファンにも気に入ってもらえるのが一番だけど、それが自分への賞賛だなんて決して思わないからね。例え賞賛され注目されたとしても、それはCudiに対するもので、俺はそのおこぼれをもらうだけ。だから、どんなに良いことや悪いことを言われようと、それは俺に関係ないんだ。そもそもCudiへの批評と自分自身への批評を天秤にかける筋合いもない。プレッシャーのほとんどは、尊敬するCudiと仕事をすることそのものに対してだったね(笑)。それでもアウトプットするのには数日もかからなかったよ。

COMPLEX:MOTMシリーズ最終章という事実は、クリエイティブディレクションに意識的な影響を与えた?

Sam:最初はなかった。でも最終的に1作目の色合いと2作目の星空の背景にインスパイアされたのは確かだね。異なるそれぞれの作品がそのストーリーを終わらすためにそれ自体に戻ってくるような、まるでループのような感覚をイメージしたんだ。Logicの『No Pressure』と『Under Pressure』みたいにね。ストーリーっていうのは、終わりがあるから良いと思うんだ。

COMPLEX:カバーアートで何をキャプチャーしようとした?

Sam:Cudiが感じていたものだね。今まで担当したアーティストとほとんど同じようなプロセスを実践したよ。何度も電話やメッセージで彼が経験したことを話し、それを視覚的なものに昇華したんだ。彼が持っていた抽象的なバイブスと特定の感情を、色やブラシの息遣い、俺のエネルギーで表現したんだ。それこそがカバーアートの目的だと思う。まあ、本質的にはマーケティングや広告でよく見せるためだったり、サブスクリプションサービスという戦場で目立って、アルゴリズムを操作するものなんだけどね(笑)

COMPLEX:表紙を見たときのCudiの最初の反応はどうだった?

Sam:最終ドラフトを彼に見せたとき、彼は「最高だ。」と言い放ってチームメンバーにそれを見せたんだ。周りのチームメンバーも「これはやばいぞ。」って言ってくれた。さらに彼はこう言ったんだ。「これこそ30年先も輝き続ける作品だ。例えこの男が誰か分からなかったしても、みんな聴かざるを得ないだろうね。」ってね。すぐに気に入ってくれたとわかったよ。

COMPLEX:2021年に期待することは?

Sam:ここ4、50年の政治や文化のシフトは、パンデミックで今まで以上に内向きを強いられたよね。多様化したサイバーパンクな世界はネクストレベルに到達することが難しくなったと思うんだ。だからこそ、俺はつながりを感じられるものを上手く作っていこうと思うんだ。そういう意味では幸先の良いスタートを切れたと思っているよ。

CudiとSamの密なコミュニケーションによって、短期間とはいえど物語の終焉を飾るに相応しい、Cudiの今の感情を見事に捉えたカバーアートが完成した。印象的なのは「ストーリーは終わりがあるから良いと思う」というSamの発言である。物語はいかにして終焉を迎えたのか、歌詞を引用しながら紐解いて行きたい。

メンタルヘルス問題との共生

Kayne Westの『808s & Heartbreak』やDrakeの『Take Care』がヒップホップのそれまでのマチズモ的な価値観を覆したように、Cudiもまたヒップホップを通して自身の鬱病や自殺願望、孤独、ドラッグ依存などのメンタルヘルス問題に正面から向き合ってきた。MOTMはそんな厭世観や内省的な感情をラップした傑作トリロジーだ。

2009年にリリースされた1作目『Man On The Moon: The End of Day(以下、MOTM1)』の収録曲「Man on the Moon」で自身の悪名高いペルソナである「Moon man」の旅路は始まった。シリーズのタイトルも、文字通り地球ではないどこか全く違う場所にいる全く別の存在の誇張表現である。翌年には、過去のコカイン依存との闘いを描いた2作目『Man On The Moon:The Legend of Mr. Rager(以下、MOTM2)』がリリースされ、デビュー時に「ヒップホップのアルバムを3枚だけ出して、あとは俳優に専念する」と宣言したCudiの俳優人生への道は順風満帆のように思われた。

ところが、そんな状況の中、Cudiは自身のツイッターで「MOTM3は存在せず単なるタイトルだ」と発言。さらに、最初の2作がチャートでトップを取れなかったことを理由に、今後は全く新しい音楽を創る方向性であることを明かし、たちまちファンを騒然とさせた。その後は、90年代オルタナティブ・ロックをオマージュしたドラッギーで酩酊館溢れるロックアルバム『Speedin’ Bullet To Heaven』やよりダークな世界観のラップアルバム『Passion, Pain & Demon Slayin’』など路線を変えつつも定期的に作品をリリースしてきた。育て親であり師匠でもあるKanye Westとのビーフを乗り越えリリースした『KIDS SEE GHOST』が、批評家やファンの支持を多く集め高い評価を得たことは記憶に新しいのではないだろうか。

パンデミックで混乱を極めた2020年に突如「THE TRILOGY CONTINUES…」と題されたMOTM3の予告動画。響き渡る心臓音と共にMOTM1の収録曲「Day ‘N’ Nite」のMV冒頭のアニメーションで幕を開ける動画は、ファンにとってはサプライズでしかなかっただろう。月の光に照らされ浮かび上がる男(ここではCudiかMr, Ragerか判断できない)が見つめる先には、どのような物語の終焉が待ち受けているのだろうか。歌詞を見ていきたい。

Hm, hear me now, hey
おい、聞こえるか
This time I’m ready for it
今回こそは準備できているぞ
Can’t stop this war in me
俺の中のこの闘いは止められない
Can’t stop this war in me, in me, in me
俺の中のこの闘いは止められないんだ
< 「Tequila Shots」より >

アルバムの裏表紙にも記載があるが、本作では「過去と同じ痛みに対処する」Cudiの姿が歌われている。よってここで言う「war」とは過去の不安と鬱病との闘いを表しており、彼は自分の中のメンタルヘルス問題との闘いは決して止められるものではないことを理解し、向き合う準備ができていることを高らかに表明しているのである。英国の音楽業界で最も著名な人物の1人で元BBC『Radio 1』のDJを務めていたZane Lowe(ゼイン・ロウ)との会話からも、Cudiが不安や憂鬱といった感情は隠れてはまた姿を表すことを理解し、その感情とうまく付き合う方法を学んだことが分かる。同様のことが「Sad People」においても読み取れるので、見ていきたい。

I swim in pain
俺は痛みの中を泳いでいる
Never drown, keep my head up above the waves (Get it, get it)
決して溺れないように、波に呑み込まれないようにもがいているんだ
<「Sad People」より>

どれほど一生懸命努力しても過去の痛みが消えることはないので、その痛みの海に溺れないよう、波がきても沈まないようにもがき続ける。人生の旅はそのように辛いものであると学んだと同時に、その痛みこそが自身を前進させることにも気付いたのである。

「The Void」では、彼のメンタルヘルス問題との闘いについてより詳しく説明した上で、その闘いに屈しないようどのように行動するのかを歌っている。ネガティブな意味合いで使われることが多い「Void(空虚感、虚無主義)」だが、Cudiはそんな「Void」こそ、自身の負の感情や破壊的なエネルギー、嫌悪感を避けるための唯一の安全な空間であり、喜んで陥ることができることを明らかにしている。実際に『KIDS SEE GHOST』の収録曲「Reborn」の中でもでも虚無主義的な価値観への言及をしている。

I will fall in the void, fall in the void just to avoid
俺は虚無感に陥る、ただ避けるために
Anything that can bring me down or fuck with my flow
俺を引きずりおろそうとしたり、俺を邪魔するようなものから
<「The Void」より>

注目したいのがアウトロである。Cudiは過去の闘いに屈しないでこれたのは神と、何年にも渡って自身をサポートしてくれたファンのおかげであることを感謝しながら曲を締め括っている。2016年にFacebookで自身のメンタルヘルス問題とそれを克服するためにリハビリ治療を受けることを告白した時からファンへの感謝の気持ちを変わっていないようだ。

Oh, God, oh, God, thank You
神よ、ありがとう
You’ve been in my dreams, you’ve been in my dreams
みんな俺の夢の中にいたんだ(MOTM1の収録曲「In My Dream」のイントロの伏線を回収している)
Oh, I’m just trying to be the best man I can be, mmm-mmm
俺はできるだけ良い男になろうと努力しているんだ
Thank you for listening
聴いてくれてありがとう
Thank you for never leaving me
俺についてきてくれてありがとう
<「The Void」より>

また、本作において最も感動的なのは、Cudiのように苦労し闘っている「kid(彼が曲中でファンに呼びかける時に使うフレーズ)」に捧げた「4 da Kidz」だ。イントロの「This song is dedicated to you (Ooh)」からも、彼のメッセージが自分と同じ境遇のファンに対して向いていることが明示的に読み取れる。

I try and think about myself as a sacrifice
俺は俺自身を犠牲(ロールモデル)として考えているんだ
Just to show the kids they ain’t the only ones who up at night
ファンの人たちに、夜起きているのは君たちだけではないってことを示すためにね
<「Soundtrack 2 My Life」より>

MOTM1の収録曲「Soundtrack 2 My Life」で宣言したCudiの言葉は、ディケイドにも及ぶMOTMという旅路の中心に添えているテーマである。自分が先頭に立って犠牲(ロールモデル)を演じることで、自身と同じような境遇のファンに対して、決して一人ではないことを示し、少しでも勇気づけ、救済しようとしているのではないだろうか。

Same old nigga and the same old pain (Uh)
過去と同じ自分と過去と同じ痛み
Ain’t much change in me, y’all (Yeah)
俺は大して変わっていないんだ
Seem like ain’t nothin’ change in me, y’all
何も変わっていないようなもんだ
<「Another Day」より>

しかし、物語の終焉は決してハッピーエンドではない。酒やセックス、ドラッグに溺れた過去の自分と今の自分を切り離すことは不可能だからだ。メンタルヘルスの問題からは決して逃げられないことを受け入れ、共生しながら生きていくことを決心するのである。

前作から邪悪で無慈悲な自身のオルターエゴを「Mr.Rager」として語っているCudiだが、前述した文脈を踏まえると、カバーアートはKid CudiとMr. Rager(の中でもがく自分)が表裏一体で切り離せないこと、ひいてはその事実を受け入れ、共生していくことを決心したCudiを表しているのではないだろうか。さらに言えば、Mr. Ragerの白い丸は「Void」を表しており、そこを漂う彼の姿はメンタルヘルスの問題と共生する手段を見つけた、まさにACT4の文字通り「POWER」を会得した彼を姿を表していると考えれるのではないだろうか。

過去の彼のツイートに興味深いものがある。トリロジー最終章のタイトルにもある「The Chosen」というフレーズが用いられているからだ。「The Void」で彼はMOTMは長い間見放さずについてきてくれたファンのおかげで成り立っていると歌っている。MOTM1の収録曲『Man On The Moon』のイントロでも「I never gave a fuck about what niggas thought about me」と歌っており、当初から批評家やファンからのネガティブな声が多かった状況において、10年も変わらず聴き続けてくれるファンがいかに大切な存在であったことが読み取れる。MOTM3はそんな「The Chosen(選ばれし者)」に向けて作られた作品だったのかもしれない。

おわりに

さて、ここまでアートディレクターと本人それぞれの視点から、ディケイドにも及ぶ壮大な旅路を追ってきた。サウンド面でいえば、当初のエレクトロニカやプログレッシブ・ロック、サイケデリックロックのサウンドから、流行りのドリルやUKグライム、トラップ調のサウンドを取り入れる等の変化はあったものの、Cudiのストーリーやメッセージは決してぶれておらず、一貫している事が分かっただろう。

カバーアートを手掛けたSam氏の発言が印象的である。毎週数えきれない音楽作品がリリースされる現在のサブスクリプションの戦場において、自分が手掛けたカバーアートが商業的に消費されることに違和感を覚えるアーティストも多い中で、ミュージシャンに寄り添いその想いやメッセージやストーリーをビジュアルに昇華させているケースは少なくなっている。それを実践することで数字に繋がる根拠はないにしろ、少なくともCudiが言うような30年先も輝き続ける作品を作る上では最低限必要なプロセスなのではないだろうか。

<参考文献>

・The Story Behind Kid Cudi’s ‘Man on the Moon III’ Cover Art
https://www.complex.com/style/kid-cudi-man-on-the-moon-iii-cover-art-interview

・Kid Cudi: Mad Man On The Moon (2010 Cover Story)
https://www.complex.com/music/2010/09/kid-cudi-2010-cover-story

・Kid Cudi Says ‘MOTM3’ Will be Nothing Like His First Two Albums
https://www.complex.com/music/2015/10/kid-shares-the-direction-of-motm3

・HIPHOPのメンタルヘルス観の変容/「男らしさ」から「脆弱性」へ
http://outception.hateblo.jp/entry/music02

・KID CUDI ADMITS PAST COCAINE USE
http://www.mtv.com/news/1648186/kid-cudi-admits-past-cocaine-use/

・Kid Cudi Announces ‘Speedin’ Bullet To Heaven’ Will Be a Double Disc Album
https://www.complex.com/music/2015/09/kid-cudi-announces-speedin-bullet-to-heaven-double-disc

・各アルバムや楽曲の歌詞 : Genius
https://genius.com/

Credit

Writer : 平川拓海
学生時代に始めたストリートダンスやクラブでのバイトを通して、音楽を中心としたストリートカルチャーに触れる。在学中に『TALENTED_TENTH 〜ラップ・ミュージックは何を伝えたのか〜』を執筆。現在はサラリーマンをする傍ら、音楽ライター/音楽キュレーター/DJとして活動中。クラブで踊る時間が一番の幸せ。
IG : @_takumihirakawa TW : @_takumihirakawa

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