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February 01, 2020
90年代後半にシーンに台頭し、2000年代前半に最盛期を迎えたネオ・ソウル。言葉の定義は曖昧ではあるものの、ここでは70年代初頭のダニー・ハサウェイやマーヴィン・ゲイ、スティーヴィー・ワンダーに代表されるニュー・ソウルの影響を受けつつ、当時全盛期だったヒップホップのサンプリング手法やサウンドを取り込むことで、それまでのソウルやジャズのグルーヴを取り戻そうとしたニュー・クラシック・ソウルの系譜を引き継ぐ一連のムーブメントと音楽作品と定義したい。
ディアンジェロやエリカ・バドゥを筆頭にジル・スコット、マクスウェル、エリック・ベネイ、ドゥウェレなどネオ・ソウルという一種の惹句と共に市場に登場した彼らは、黒人のルーツであるアフリカやアメリカ南部を回帰させる土着的な歌詞と生楽器のサウンドで、文字通り先代の魂を再定義した。
その影響はネリーやR・ケリー、アッシャーなどにも及び、もともとメインストリームへアンチな姿勢を見せていたカウンターカルチャー的側面を持ったネオ・ソウルこそがシーンの王道となっていった。
近頃においても、ロサンゼルスではフィリー系ネオ・ソウルを標榜するハー(H.E.R)が、ローリン・ヒル屈指の名盤『The Miseducation of Lauryn Hill』の収録曲「Lost Ones」をオマージュした「Lost Souls」をリリースしたり(彼女に限ってはギャビー・ウィルソン名義の時からアリシア・キースを彷彿とさせられたが)、ロバート・グラスパーが褒めちぎるカリフォルニア出身バンドのムーンチャイルドは、自分たちのルーツがネオ・ソウルにあることを公表している。
オーストラリアではハイエイタス・カイヨーテのボーカル、ナイ・パームが幼い頃からスティービー・ワンダーを聴き、バンドメンバー全員も揃ってATCQやJ・ディラを敬愛していると語っており、実際にエリカ・バドゥからも絶大な評価を得ている。さらにイギリスでは、新星R&Bシンガーのエラ・メイが、自身のアイドルがローリン・ヒルであることを明かしている。ここまでくればいかにネオ・ソウルが国境やジャンルを越えて拡張し、再定義され、新しいシーンを切り拓いているかが分かるだろう。
そんな文字通り新しいシーンにおいて重要な役割を果たすネオ・ソウルは、こと日本においてもその勢いを無視することはできない。当時のネオ・ソウルをこよなく愛し、その拡張性を信じ、良い意味で日本らしさを感じさせない新たな感性と手法で新たなヒップホップサウンドへと昇華させるアーティストをご存知だろうか。
昨年末、万全の対策の中、都内某クラブで開催されたイベントには、未曾有の事態によって生きがいを奪われた観客達が、その確かな音楽を求めてぞくぞくと集まっていた。
ソーシャルディスタンスのおかげか少し物寂しいフロアからはスラッカー・ザ・ビートチャイルドの「Number 1」やコモンの「The Question」、アンジー・ストーンの「Everyday」といった、ネオ・ソウル黎明期の名曲達が聴こえてきている。仕事終わりの疲れた体でさえもつい無意識に揺らしてしまう、そんなチルでアトモスフェリックな空間の中、観客たちの目線の先にいた彼こそが、千葉県出身のビートメイカー兼DJのFKDだ。
J・ディラやATCQから影響を受けたと語るFKDは、幼い頃からダンスをやっていたという事もあり、ヒップホップやソウル、ジャズの要素を取り入れた「踊れる音楽」を強みとしており、一筋縄ではいかないエクスペリメンタルなビートが特徴的である。また彼は自主レーベルのPubRecと、東京を中心に活躍する「ゆとり世代クリエイティブ集団」を称するVIBEPAKの主宰者でもあり、ラッパーやダンサー、グラフィックアーティストなどそれぞれの強みと個性をもったメンバーと共にアグレッシブな発信を継続している。
新年早々もゆとり世代らしからぬスタートダッシュを切っており、1月6日には2枚からなるコンセプトアルバム『DUALITY BEIGE』と『DUALITY NAVY』をリリースした。自身の双対性を二色で表現したという今作は、全体的にメロウなムードを漂いつつも、サンプラーの生演奏は当時の黒人達の生演奏を新しい価値観でアップデートしたかのようで、良い意味でザラついたFKDらしさが溢れ出た作品となっている。
客演には普段から交流が深いZINと906 / Nine-O-Sixをはじめ、田中光、maco marets、ZIWなど豪華メンバーがラインナップされている。また、アルバムに収録されている「Busy」のアートワークはVIBEPAK所属のPEILUが手掛けており、彼らの仲の良さとクリエイティブに対するストイックさがひしひしと伝わってくるのではないだろうか。
イベント当日ゲスト出演していたZINと906 / Nine-O-Six、そしてバックDJを務めたFKDの3人が奏でる、昨年リリースアルバム『KNOWN UNKNOWN』の収録曲「A Muse」のジャジーで軽快なライブは圧巻だった。「別にきみなしで回る世界 でもそれじゃ足りないよ 例外 衣食住にきみを足してLife is beautiful I can live my life」というZINのヴァースは、パンデミックによって音楽が不要不急と言われるようになってしまった今だからこそ胸に響く一節であり、906 / Nine-O-Sixが「一途思い馳せる Music」と歌うように、改めて音楽への愛、大切さを再認識させられた。
歌唱力もさることながら、彼ら3人が織り成すサウンドや音楽へ対するアティチュード、グルーヴ感は一体どこからきているのだろうか。その鍵を握るのもの、それがネオ・ソウルだ。
普段から幅広いジャンルを聴くというFKDは自身を構成する楽曲として、ジャスティンティンバーレイクの「Love Don’t Love Me」を挙げている。本曲はまさしく前述した通りメインストリームがもろにネオ・ソウルの影響を受けていた時期にリリースされたもので、FKD自身ソウルクエリアンズのラファエル・サディークをDJプレイするあたりからも、少なからずネオ・ソウルから影響を受けていることは間違いないだろう。
SSWのZINは総勢11名からなるコレクティブとして活動するSoulflexやTOKYO CRITTERSのメンバーとして知られる。ここで指摘しておきたいのが、Soulflexはソウルクエリアンズのエッセンスを受け継いでいることである。ソウルクエリアンズは、90年代後半〜2000年代初頭にザ・ルーツのドラマー兼プロデューサーであるクエストラブを中心に活動していた、ネオ・ソウルやオルタナティブ・ヒップホップのサウンドやアティチュードを志向したコレクティブである。主な有名どころの作品だと、前述したディアンジェロの『Voodoo』に加え、ザ・ルーツ『Things Fall Apart』やエリカ・バドゥ『Mama’s Gun』、コモン『Like Water for Chocolate』などが挙げられ、J・ディラやATCQのQ・ティップもメンバーの一員である。
「衣食住にきみを足してLife is beautiful I can live my life」というZINの歌詞や、自身がパーソナリティを務めるラジオ「BHOYZ BE Radio」で音楽業界の裏方で活躍するクリエイターをキュレートする彼を見れば、音楽だけでなく考え方や態度、さらに言えば文化やシーンそのものを変革しようとするソウルクエリアンズのスピリットに影響を受けていることが伺えるのではないだろうか。
実際にFKDがリミックスしている「The Sign」もローリン・ヒルの歌い方やこぶしを真似て歌ったそうだ。「人生は常に青色、黄色、赤色の信号を示す道が目の前に広がっていて、その信号をいつどちらに渡るのは自分次第。」そんな自身の運命や宿命を、信号機の色に例えて歌った作品となっている。
また、プロデューサーデュオ906 / Nine-O-Sixのホンダヒトシ氏もネオ・ソウルに影響を受けたラッパーの一人だ。彼はアンダーソン・パークを絶大にリスペクトしているとのことで、その証拠に自身のYouTubeチャンネルにはアンダーソン・パークのファーストアルバム『Venice』収録曲「I Miss That Whip」のリミックスが開設して間もなく公開されている。
ホームレス時代を経験していたことで有名なアンダーソン・パークだが、ホームレス時代に彼を拾い助けたシャフィーク・フセインは、ロサンゼルス出身のプロデューサーユニット、サーラー・クリエイティブ・パートナーズの一人。
ロバートグラスパーのアムバムにも参加したり、エリカ・バドゥやビラル、ハイエイタス・カイヨーテの楽曲をプロデュースした経験もあるのだ。個人名義のアルバムにも名だたるキーパーソンが参加しており、いかに彼がネオ・ソウルのシーンにおいて重要であったか、さらに言えば、アンダーソン・パークがいかにネオ・ソウルから影響を受ける環境下にあったことが分かるだろう。
実際、彼のセカンドアルバム『Malibu』では、ロバート・グラスパーの生演奏や前述したナイ・パームの歌声が聴こえたり、マッドリブがプロデューサーを務めたりとネオ・ソウル色が濃い上、ケンドリック・ラマー『To Pimp A Butterfly』のキーボード奏者サム・バーシュも参加しており、新世代ジャズの系譜も連ねている。906 / Nine-O-Sixがその事実を知っている知っていないにせよ、彼のネオ・ソウルに惹かれたことは言うまでもない。
ここまでネオ・ソウルの文脈で国内新鋭アーティスト3名を取り上げ、彼らを繋ぐ点と線を紐解いてきた。彼らの音楽を一括りのジャンルで語ること自体、その拡張性を否定することに繋がってしまう危険があることは重々承知している。しかし、ここではネオ・ソウルが繋ぎ、紡いだ3人の立体的なグルーヴこそが『DUALITY』における最大の魅力だと明言させていただきたい。
1月25日で21周年を迎えたディアンジェロ『Voodoo』だが、その評価は未だ途絶えることなく、現代の国内シーンにおいて影響を与え続けている。それは、ドレイクやカーディ・Bがローリン・ヒルをサンプリングしたように、ソランジュの傑作アルバムにラファエル・サディークが参加したように、海外メインストリームにおいても同じことが言えるだろう。ソウルクエリアンズが当時の黒人音楽に革新をもたらし、20年以上経った今もジャンルや国境を越えて影響を与え続けているように、彼らのグルーヴが20、30年先も聴き続けられ、評価されることを祈る。
<参考>
・ネオソウルは拡張しているーー“新たなネオソウル像”築くムーンチャイルドを軸に現行シーンを紐解く / https://realsound.jp/2019/09/post-412327.html
・A Tribe Called …Neo Soul 新しいソウルの光と道とその先
https://tower.jp/article/feature/2004/10/21/
100034433
・気鋭のアーティストが集うコレクティヴ・Soulflex。10周年を前に語るクルーの軌跡と信念とは
https://big-up.style/zine/article/interview/20190823-1923
・BHOYZ BE Radio by ZIN
https://block.fm/radios/831
・丸屋九兵衛 連載第5回「その頃は『ネオ・ソウル』なんてなかった」
https://www.udiscovermusic.jp/columns/maruya-005
・How the Soulquarians Birthed D’Angelo’s ‘Voodoo’ and Transformed Jazz
https://www.nytimes.com/2018/08/08/
arts/music/playing-changes-excerpt-
soulquarians-dangelo.html
・TODAY IN HIP HOP HISTORY: D’ANGELO DROPPED HIS SOPHOMORE ALBUM ‘VOODOO’ 21 YEARS AGO
https://thesource.com/2021/01/25/today-in-hip-hop-history-dangelo-dropped-his-sophomore-album-voodoo-21-years-ago/
・Anderson .Paak’s Malibu Is a Masterful Marriage of Hip-Hop, R&B, and Soul: Review
https://consequenceofsound.net/2016/01/album-review-anderson-paak-malibu/
・Genius
https://genius.com/
Writer : 平川拓海
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