MONJUとしてのアルバムリリースが記憶に新しく、先日はSickTeamとして約8年ぶりの新曲「真犯人」も発表したラッパー・ISSUGIが、約2年ぶりに9枚目となるアルバム『366247』をリリースした。本作はそのほとんどの曲をDJ SCRATCH NICEがプロデュース。他にもプロデュースやスクラッチとして、DJ Shoe、DJ K-Flash、16FLIP、Daworldが参加した。
先行配信された“April” には客演として弗猫建物のEujin KAWI、KID FRESINO、BESの3名が参加し話題となり、加えてアルバムにはVANY（弗猫建物）、SPARTA、stz(oneness)、MONJUから仙人掌とMr.PUGが参加。近年のISSUGIの作品と比べ、よりドラマチックなビートと内面を写したリリックが印象的で、私にとって、早くも2022年のベストアルバム候補となる1枚だった。
ISSUGIの行動学
まず、このアルバムのテーマのひとつとして挙げられるのが、ethology＝行動学ではないだろうか。アルバムの中には度々「行動」という言葉が登場する。
” 思考はまるで粒子。粒子はいつしか行動。行動が結ぶ着実、音の上、言葉、身につけたTactics ― ISSUGI / ethology “
” Rapperが八方美人でフェイクな相槌なんてマジで無意味。あるぜ見えない境界線 どうせ生きるなら行動起こす5%の人間。― ISSUGI / ethology “
9曲目に収録されたstzと仙人掌を客演に迎えた「Ethology」は訳すと「動物行動学」。しかし実際は動物に限定されない行動生物学、行動学という意味も持つ。そんな、ISSUGIにとっての“行動学”がこのアルバムには多く記されているようだ。
思考という粒子が行動を形作る。行動には嘘はなく、その行動から言葉・リリックが生まれるという意味合いを感じる。
” 行動型哲学、呼吸を爆発、one shot one hearts 自分を動かす。one shot one hearts 口を動かす。one shot one hearts 世界を動かす― ISSUGI / from Scratch “
「Ethology」以外にも行動について書かれた曲がいくつかある。先行配信もされた「from Scratch」ではフックで“行動型哲学”という言葉が登場する。ここでいう哲学とは、経験からつくりあげた人生観。行動型哲学は自身の行動から作り上げられた人生観のことを表すのだろうか。行動から作り上げられた人生観を言葉にし、世界を動かす。それはまるでISSUGIの生き様そのもののようだ。
自身のキャリア、仲間と街に生きる人への思い
またここ数年のISSUGIの作品と比べて、今回のアルバムはより自身の内面やキャリア、仲間との関係性などのパーソナルな部分によりフォーカスしている。東京という街やヒップホップシーンを俯瞰して見てきたISSUGIが、少し目線をマクロな部分に移動させたようだ。特にフックに客演のSPARTAを迎えた7曲目「Real」は自身の経験や人の繋がりをテーマに描かれており、ISSUGIを長年追ってきたファンにとっても特別な曲となったことだろう。
” Lightが照らす30分足らずのこの瞬間に胸が高鳴り出す。大声で何か与えてる様で実はこっちが貰ってたり。目の前見てる客は数人の出演者、そんな夜が普通だった― ISSUGI / Real “
” 誰かに対し本心見せれることは、自分大きく見せる事よりも大事。小さいワンシーン積み重ね今がある、映画館のスクリーンに人生放映されるタイプじゃないが 頭にはいつも壮大なドラマ― ISSUGI / Real “
” 1人の力では無い 街で聴いてるお前と作る未来 この気持ち音で伝えたい ついて来れる奴らはGrowing up ― SPARTA / Real “
全リリックを引用したいほど、聴いていて胸が熱くなるリリックだ。常に淡々と、職人のように作品を作り続け、ISSUGIが仲間と共に作り上げてきたシーン。直接的に関わってきた人々だけでなく、仕事をしたり学校に通ったり、街でこの曲を聴いている一人ひとりが日常を過ごす中で、曲が生活の一部となっていく。そうやって間接的に繋がっている人々もすべて引き連れて、一緒に成長していこうと、リスナーに対して語りかけるような曲だった。
もうひとつ仲間との関係性がテーマに描かれた曲がある。6曲目、弗猫建物のVANYを客演に迎えた「Rare」だ。
” ビジネスホテルで聴かせ合うBrandnew 3日後には世界中に流出。June bpm 90 俺とVANYの興味をくすぐる。ループ上にループしないLifeが乗って証明 人の希少価値 ― ISSUGI/ Rare “
制作風景が目に浮かんでくるようなリアルなリリック。今までのISSUGIの作品と比べて、より正直に、かつ具体的に仲間への気持ちや、共に制作をする際のエピソードが描かれている。
最後に、このアルバムのタイトルでもある“366247”。閏年も含む「すべての瞬間」という意味にも取れる。ISSUGIやScratch Niceを代表する、このアルバムに参加するアーティストたちは、長年、それこそ365日24時間、寡黙に作品作りに励んでいる。10曲目「366247」は、まさにそんな仲間たちや、そんな作品を愛してきた人々に送られた曲だろう。
” 世の中のキーと少し外れても大丈夫、HipHopは不協和音。呼吸を整え、正直に行け。しんどい時こそ、カマし時で ― ISSUGI / 366247 “
” 突き刺さる感覚なきゃとっくに辞めてる。進行形のやつらに送る。この1秒、俺を変えてく。この1行、力を乗せる ― ISSUGI / 366247 “
逆境に対する怒りや、アウトサイダーでいることを力に変えてきた音楽は、辛いときこそ最高の武器になる。アルバム『366247』はそんなメッセージを仲間だけでなく、愚直に生きるリスナーにまで贈った、パーソナルでメッセージ性の強い、愛を感じる作品だった。
