FADER
NOVEMBER 26 , 2019
21 Savage (21 サヴェージ) :
Sheyaa Bin Abraham-Joseph (シャイア・ビン・エイブラハム・ジョセフ)
(SSENSE)
生まれ:
1992年10月22日 (27歳)
イギリス / ロンドン
アメリカ / ジョージア州アトランタ
マンブルラップという言葉が一般的に用いられるようになってどれくらいが経っただろう?
「もごもご」ラップをしていて、何を言っているかわからない。語られるリリックの無意味さから否定的に捉えられることもある、このスタイルはリル・ウジ・ヴァート、リル・ヨッティー、デザイナー、プレイボーイ・カルティなどによりポピュラーになり、今やヒップホップ・ラップミュージックのメインストリームの一角を担っている。
「リリックが聞こえづらい」「何度も同じラインを繰り返す」ことがマンブルラップを構成する要素だとするなら、アトランタ出身、現在27歳になった21サヴェージもその1人に該当するのかもしれない。しかし、彼の音楽を単純に「マンブルラップ」の言葉一つで表現するのはあまりにも物足りない。
「Savage – 冷酷」
一度聞いたら忘れないその名前の通り、どんな状況でも常に冷静であり続け、口数が少ない彼は、過去にどんな経験をしてきたのか。「マンブルラップ」の言葉一つでは言い表すことのできない音楽性とは、一体どんなものなのか。第7回目となる「Rappers Dictionary」では彼の生い立ちから現在までを追いながら紹介していこうと思う。
1. 生い立ち
2. The Slaughter Tape / Slaughter King
3. Savage Mode
4. Issa Album / Without Warning
5.『I AM > I WAS』
6. 現在まで
Sheyaa Bin Abraham-Joseph(シャイア・ビン・エイブラハム・ジョセフ)は1992年10月22日に生まれ、2005年、彼が12歳の時アトランタに移住した。
21 Savageが移民税関捜査局に不法滞在の疑いで逮捕 | イギリス国籍だったという報道も
という逮捕騒動が話題になったように、彼はアメリカ以外の国(イギリス・ロンドン、ドミニカなど諸説あり)で生まれた。アトランタ「育ち」であることは間違いないが、そのルーツは少し複雑だ。
“ アトランタ生まれじゃないのはわかってた。でもそれがどれほど大事なことかは大人になるまでわからなかったんだ。国を追い出されたくなかった、だからその事実を口にしなかったんだ。– The Gurdian ”
彼の両親は彼が幼い頃に離婚し、彼は母と10人(!)もの兄弟/姉妹と共にアトランタに移り住んだ。10人の子供達を母親一人で支えるのは想像できないほど大変だろう。
(FADER)
いとも簡単に犯罪が起こるイースト・アトランタで非常に貧しい生活を始めたシャイアが、すぐにストリートに飲み込まれていったのは自然なことだったのかもしれない。
14歳にしてドラッグ・ディールに手を染め始めた彼は同年、中学校に銃を持ち込んだのがバレてしまい退学処分を食らってしまう。転校し、学校に留まることも試みたものの、結局彼は16歳(中学3年生)にして学校との縁を切られてしまうことに。この出来事はさらに彼をストリートに導いていく。
2017年のアメリカでは高校生の7%がドロップアウトしてしまうという驚きの統計がある。それに加え、高校からドロップアウトした若者のうち75%が犯罪を起こしたというデータもあり「高校(中学校)中退 → ストリートへ」という流れは最早一つの社会問題である。シャイアも特別なケースではなく75%のうちの一人だったのだ。
“ 今まで一度も仕事の応募をしたことがないんだ。 – Breakfast Club “
ギャング・カルチャーが根付くフッドで9時5時の仕事に就くという選択肢はなかったのだろう。彼はストリート・ギャングのブラッズと関係を持ちながら危険な世界で生きていくことを決めた。しかしストリートの現実は容赦なく襲ってくる。
” 彼はリアルな男だった。本当にイケてたよ。– the FADER ”
「彼」とはシャイアの実の弟Taymanのことだ。
2013年Taymanはドラッグの取引中に銃殺されてしまった。
21サヴェージといえば額のナイフ型のタトゥーが特徴的だが、このタトゥーは元々弟のTaymanの額に彫ってあったマークだった。亡くなった弟に愛と追悼の想いを込めたタトゥーは「Issa Knife」と呼ばれ、彼のデビューアルバムのタイトルにもなっている。
(Boing Boing)
悲劇は1度だけではなかった。21歳の誕生日、彼は親友のJohnnyと共に取引に出かけたが、取引は失敗に終わり襲撃を受けることに。運良くシャイア自身は一命を取り止めたが、Johnnyはその命を落としてしまった。
“ 撃たれた時自分も死ぬと思ってた。たくさん血が流れたし、何が起きてるのかをよく理解してなかった。- Breakfast Club ”
彼のMCネーム「21 Savage」の” 21 “という数字は親友が亡くなった、その出来事が起こった彼の「21歳の誕生日」に由来している。
彼は2度の悲劇を経て、「Savage – 残酷/冷酷」にならざるを得なかった。ストリートのリアルに温情を挟めば命は簡単に失われてしまう。彼のMCネーム、そして楽曲中で何度も呟く「21、21、21」というワードにはそんな想いが込められているのだ。
“ Penitentiary chances just to make a couple bucks
My heart so cold I could put it in my cup
Gang vs. the world, me and my dawg, it was us
Then you went and wrote a statement, and that really fucked me up
My brother lost his life and it turned me to a beast
My brother got life and it turned me to the streets
I been through the storm and it turned me to a G刑務所に入るような危険なことをしても、数十ドルにしかならねえ。
俺の心はマジで冷たいんだ、カップの中にでも入れれるくらいにな。
(飲み物のカップのことです。氷のようだと。また、21サベージはリーンを愛用していることから)
ギャング 対 世界、俺と仲間たち、俺たちは仲間だった。
お前が消えて、奴らにチクったんだろ、マジでショックだったよ。
弟が殺されたこと、それが俺を本気にさせた。
ブラザーが殺された、その出来事が俺をストリートに駆り出してるんだ。
嵐の中を通り抜けてきた、その経験が俺を本物にしたんだ。 – a lot “
2人だけでない。彼は叔父など多くの親しい人物を亡くしている。
「21歳の誕生日」、彼は取引から手を引かなければ自分にも未来がないことに気づき、ラップの道に進み始める。
その才能はすぐに開花し、グッチ・メイン、ヤング・サグなど憧れのラッパーたちと共演するまでそれほど長く時間はかからなかった。
2015年5月、ラップを初めて1年半ほどで彼は初ミックステープ『The Slaughter Tape』をリリース。
地元誌にて「アトランタのアンダーグラウンドのヒーローだ」と掲載されるなど、クセになるようなフロウでストリートのリアルを語る彼は徐々にプロップスを獲得していく。
同年12月に公開したセカンド・ミックステープ『Slaughter King』で彼はそのスタイルにさらに磨きをかける。
すでにインターネット上で大きな話題になっていた彼は「全てを俺が虐殺(slaughter)するんだ」と作品中で自信を見せながら語る。
勿論彼は才能溢れるラッパーだが、過去にラップをしていたこともなければ、楽器も演奏できない彼が何もない状態から、たった2年で成功を納めることができたのは、楽器を必要としないヒップホップ/ラップという音楽だからこそだろう。
インディペンデントに活動をし続け、今ではスタープロデューサーとなったメトロ・ブーミン、Wheezy、Zaytovenなどとリリースした作品はさらに強固なファンベースを作り上げた。
2016年7月にリリースしたメトロ・ブーミンとのコラボプロジェクト『Savage Mode』。
“ No Heart “, ” X “など多くのヒットソングを生み出すことになるこのプロジェクトはまさに彼の出世作と言える作品だ。
特徴的なささやくような発声法は時にインターネットでミームとなり、小馬鹿にされることもある。彼が扱う言語は今までになく自由に用いられ、そのフロウに溶け込んでゆく。同じフレーズが何度も繰り返されるそのリリックは非常にシンプルで、そして時に意味がなくとも私たちを大いに魅了するのだ。
“ I’m just stuntin’ on my ex-bitch
I’m just flexin’ on my ex-bitch
Hold up, I’m just stuntin’ on my ex-bitch
Hold up, I’m just flexin’ on my ex-bitch元彼女に見せつける。
元彼女に自慢してるだけ。
ただ元彼女に見せつけてるんだ。
元彼女に自慢してるだけだ。 – X “
『Savage Mode』の大ヒットでメジャーレーベルEpic Recordsとの契約を果たしたシャイア。2017年には待望のメジャーデビューアルバム『Issa Album』をリリースする。
同年にリリースしたオフセット、メトロ・ブーミンとのコラボプロジェクト『Without Warning』も例に漏れず大ヒットを叩きだす。ラップを始めほんの数年間で大きな名声を手にしたシャイア。多くのラッパーたちがNo. 1を目指し競い合う中で、彼は誰よりも「金持ちになる」ことを純粋に追い続けている。
i didn’t come here to compete i came to eat. Miss me with all that greatest rapper shit i wanna be the richest leave me alone i’m in my own world
— Saint Laurent Don (@21savage) April 11, 2018
“ 俺は競うためにラップ・ゲームに来たわけじゃない。飯を食うためにやってる。最も偉大なラッパーになりたいんじゃない、最もリッチになりたいだけだ。放っておいてくれ。俺は自分自身の世界にいるから。 – Twitter “
「貧困」から多くの大事な人を失ってきた彼にとって「金」は特別な物だ。彼にとっての金とは、単に高級車やジュエリーを買うためのモノというより、危険から家族、仲間を遠ざけるモノである。彼のリリックを見ていると、青年時代に経験してきたストリートのリアルが伝わってくる。
“ How many problems you got? (A lot)
どれほど問題を抱えてるんだ? (山ほどだよ)How many people done doubted you? (A lot)
どれくらいの人に疑われてきた? (たくさんだ)Left you out to rot? (A lot)
腐った場所に取り残されたのか? (たくさんね)How many pray that you flop? (A lot)
失敗しろって何度祈られたんだ? (山ほどね)How many lawyers you got? (A lot)
何人弁護士を雇ったんだ? (何人もだ)How many times you got shot? (A lot)
何度発砲されてきたんだ? (たくさんね)How many niggas you shot? (A lot)
何人の野郎を撃った? (たくさんだ)How many times did you ride? (A lot)
何度成功を重ねてきた? (山ほどね)How many niggas done died? (A lot)
何人の野郎たちが死んだんだ? (山ほどだよ)How many times did you cheat? (A lot)
何度、人を騙してきた? (たくさんね)How many times did you lie? (A lot)
何回嘘をついたんだ? (たくさんだよ) – a lot “
上述のように、彼は稼いだお金を高級車やチェーンには使わない。
『Issa Album』のシングル・タイトルを用いたチャリティ・キャンペーン「21 Savage Bank Account Campaign」にて彼は若者に多額の資金を寄付したり、仮想通貨、投資にお金を使うことを宣言している。
「金が全て」というわけではないが、お金が持つ可能性、お金がないことでいかに苦しんだかという経験が彼を貪欲にさせているようにも思えるのだ。
彼が行なった「Financial Literacy Program*」の一環で地元アトランタの学校を訪れた際にこう語る。
(*子供たちに貯蓄、投資、お金の貯め方を教育することを目的にしたプログラム。学習プログラムを終えると1000ドルが入金された” バンクアカウント – 銀行口座 “を持つことができる。)
“ お前らはちゃんと学校にいろよ。悪い人間や銃からは距離を置くんだ。それを守ってくれれば、またいつでもこの学校に戻ってくるよ。 “
自分や、家族、仲間にそのお金を使うだけでなく、子供達、若者たちに投資を行っている彼。一人でも多くの若者をTayman、Johnnyのような被害者(犯罪に手を染めた加害者でもある)にしてはいけないという彼の強い思いが見られる。
このチャリティ・プログラムでは彼の育った環境がどれほど厳しかったのか、その現実を改善したいという彼の想いが垣間見えてくるだろう。
すでに多くの人が「年間ベストアルバム」を選び終えた頃、2018年の年末、12月21日に彼のセカンド・アルバム『I AM > I WAS』は突如ドロップされた。
トラックリストには客演の文字はないものの、J.コール、ポスト・マローン、ガンナ、リル・ベイビー、スクールボーイ・Q、チャイルディッシュ・ガンビーノなど旬でありながら、トラップに縛られない豪華なゲスト陣を迎えたこのアルバム。
アルバムのタイトル通り、彼はこの作品で過去のプロジェクト、過去の自分を超えるサウンドを生み出した。このアルバムをリリースするまでに彼のキャラクター、アーティスト性は確立していたと言えるだろう。ミックステープ時代からデビュー・アルバムまで表現のスキルも確実に改善、オリジナル性のある彼唯一の表現を行なってきた。
今作でもそのスタイルは消えていない。
1曲目の” a lot “では自身がストリートで何を失い、何を得てきたかを明かし、自身の心が冷酷になった理由を語り、9曲目” asmr “では囁くようなラップという彼ならではのスタイルが表現され、11曲目“ good day “では殺人が日常的に行われているという凶悪なテーマが描かれている。
しかし、過去の作品と比べ最も変化が見られたのは彼がエモーショナルな一面を見せていることだろう。
彼は心の内側で何を思ったか、その思いを正直に曲中で語ることを彼は恐れていない。
“ Thought you had my back (Nah)
You let me fall (Let me fall)
You healed my pain (My pain)
Then you caused it (Then you caused it)お前は俺の味方だと思ってた。
俺を突き落としたと思えば、
お前は俺の傷を癒してくれる。
そして、また俺を傷つけるんだ。- ball w/o you “
元彼女への想いを綴りながら、自身の成功を噛みしめるこの楽曲に代表されるように、このアルバムは過去のどの作品よりも彼の本心、繊細な感情が描かれている。
一方で14曲目” letter 2 my momma “では自分と10人の兄弟を女手一つで育て上げてくれた母への感謝を語る。
“ Wish I woulda stayed in school, but I dropped out (On God)
You taught me how to be strong, gotta give praise (21)
When the times got hard, you always made ways (On God)学校に居たかったよ。でもドロップアウトしちまった。
あんたは俺に強くなる方法を教えてくれた。感謝しないとな。
上手くいかない時は、いつもあんたが道を作ってくれた。- letter 2 my momma “
全米No .1を獲得し、先日発表されたグラミー賞では「Best Rap Album」にもノミネートされるなど、自身のスタイルを貫きながら、新たな一面が見られるこの作品はアルバムのタイトル通り彼の最高傑作と言っても差し支えないだろう。
彼は多くの人の客演に参加したり、細かにシングル、EPを出し続けるタイプではないため、セカンド・アルバムがリリースされて以降は大きなニュースはないが、メトロ・ブーミンとの出世作『Savage Mode』の続作を現在製作中ということだ。
21サヴェージが、メトロ・ブーミンとの『Savage Mode』の続作を製作中とライブ中に発表
「ただリッチになりたい」
彼のバックグラウンドを知っていれば、この言葉にどれだけの重みがあるかはもうわかるだろう。
21歳の誕生日に親友を失い、ストリートを抜け出す決意をしてから2年という非常に短い期間でスターになったシャイア。彼は今までもこれからも、亡くなった仲間たち、家族を思い、彼らを死に追いやった貧困、ストリートをテーマにラップをし続ける。
LATEST POST
Rappers Dictionary